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立ち入り禁止テープが張られた先、既に現場の分析を終えたのか辺りには警官の姿は見えなかった。
清水は当然のように跨いで立ち入ると、ジュリとジョンも清水に倣って跨いで犯行現場へと侵入する。
「それで、どの辺りに鞄が落ちていたの?」
「あそこの、電柱の後ろだ。わざと隠すように置いてあった」
「犯人がわざわざ置いて行ったのか? 人間の指を戦利品にするような奴が、おかしくないか。単純に犯行が雑になってきてるかもしれないが」
「ああ、ジョン。それもあるとは思うが、たぶん悠がわざと隠して鞄を残していったんだと思う。普段から、もし誘拐されそうになってどうしても逃げられないと思ったら、”自分の持ち物”をその場に遺せって言い含めて置いたからな。 ……そんな言い含めを実際に使う日が来るとは思わなかったけどな」
清水は歯を食いしばりながらぽつりと呟く。
ジュリは無言で電柱の辺りに座り込み、辺りの様子を窺う。そこであることに気がつく。
「ねぇ、清水さん。確認したいことがあるんだけど」
「うん? ああ、悠のいつも使っている物ならここにあるが」
「いえ、その悠ちゃんはもしかして怪我してない? 鞄に小さな血とか付いてなかった?」
「ああ、そうだよ。鑑識課が近くに小さな血痕を見つけた。鞄の手提げのところに血痕が残っていたから、恐らく悠ちゃんは右手のどこかを怪我したんだろうね」
今まで鞄が落ちていた辺りを眺めていた3人の背後から、突然声を掛けられる。
3人は同時にその声を掛けられた方へと振り向く。そこには黒のスーツに身を包んだ神経質そうな男。銀縁眼鏡の奥からねっとりとした視線を3人へと向けながら、特にジュリとジョンに向けて敵意の籠もった視線を向ける。
「明夫さん、貴方は自宅待機のはずでしょう? 『身内が巻き込まれたらどんな行動をするか分からないから、その事件には関わることが出来ない。』 ”元”刑事の明夫さんならそのことをよくご存じのはずでは? しかも、犯罪現場に妄想者なんて連れてきて、現場が荒れたらどうするんですか?」
「あぁん? 誰だ、あんたは」
「あら、失礼しちゃうわね。人様を捕まえて気が触れたなんて」
「……賀茂川。俺が黙って悠の帰りを待つ男じゃないってことは分るよな? ……ああ、紹介が遅れたな。ジュリ、ジョン、こいつは後輩で捜査一課の賀茂川だ。この事件の担当だとは知らなかったがな」
「”元”後輩ですよ。今ではあなたと同じ階級の警部補です。それで、今、あなたはご自身が置かれた状況を理解されていますか? このことが上にばれたら減給処分では済みませんよ?」
「ああ、わかってるさ。だからこのまま素直に家まで帰るさ」
清水は降参するように両手を上げると、そのまま歩きだして立ち入り禁止のテープの外へと出る。
ジュリとジョンの2人もまた、賀茂川の横を通り抜けようとしたとき、ジョンの肩に賀茂川の手が伸びる。ぴたりと歩みを止めてジョンは賀茂川を睨みつける。
「オイオイ……なんのつもりだ?」
「捜査一課からしたら、お前らが関わること自体が忌み嫌われるんだよ。俺らが必死に集めた犯人に関わる証拠が、お前らが一枚噛むだけでゴミ箱行きだ。お前らは公式には認められてないからな、臭いものには蓋で全部闇の中だ。お前らが関わったことでいくつの事件が立件できずに闇に消えたと思ってるんだ?」
ジョンは賀茂川を睨みつけながら、一泊おいて答える。
「人を疫病神みてぇに言ってくれるな。そうだな、答えるなら、”数えたことすらない”だ。これで満足か?」
「兄さん、早く車に戻りましょう。話しても無駄でしょ、お互いに嫌いなら、どうしようもないわ」
ジュリはさっさと清水の後を追ってテープの外へと歩いていく。
ジョンも賀茂川の手を振り払うと、厭味ったらしく肩を払ってテープの外側へと出ていく。その後ろ姿を見ながら、賀茂川は胸からそっと見えないように携帯電話を取り出すのだった。




