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19-1

小気味良いベルの音を立てて白髪交じりの男が店へと入ってくる。その男の名は警視庁に所属する清水明夫であった。ここは帝都大学大学の最寄りの駅に併設されたサンマール・カフェ。

珈琲の良い香りが充満した店内。清水は流れる汗をくたくたのジャケットの袖で拭いながら、店内を物色する。清水の焦燥と必死さが入り交じった形相に、案内をしに来た女店員は声を掛けあぐねていた。



「あの、お客様……?」



「……ツレが先に入ってるんだ。俺のことは気にしないでくれ」



「あっ、はい。失礼致しました」



 目当ての人物を見つけた清水は店員の脇を通り過ぎ、カフェの一番奥の席へと向かう。

そしてその人物の座る対面の席へと半ば飛び込むような勢いで座り込む。対面の女性はジーパンにカジュアルなジャケットを羽織り、清水が来たことなど構わずにフォークでケーキをつついていた。その対面に座る人物――今し方ショートケーキは口に運んでいる少女、ジュリはゆっくりとした口調で話しかける。



「あら、清水さん。遅かったわね。いつもなら約束の10分前には来ているのに」



 ジュリはココアで口に残ったショートケーキの欠片を流し込みながら、清水に尋ねる。ちらりと左手につけた腕時計を見ると午後の14時過ぎ。13時半の待ち合わせには遅すぎる。

そして綺麗に食べ終えたあとに残ったお皿を既に4枚は重ねた皿の上にさらに重ねる。



「おい、ジュリ。ジョンの奴はどこだ? 一緒に来てくれるように頼んだろう?」



「兄さんならコーヒーゼリーの食べ過ぎで、今お手洗いよ。それでどうしたの、そんな怖い顔をして?」



「”依頼”をしたい」



「ああ、はいはい。どんな事件……って依頼? 清水さんが?」



 ジュリは驚いたような表情を浮かべる。

清水と知り合って10と数年。彼から”警察”としての依頼があっても個人的な依頼などなかったからだ。



「ああ、時間がないんだ。端的に言おう。俺の娘が誘拐された。報道規制はされているが俺の娘を誘拐したのは”指取り連続誘拐犯”だ。誘拐されたのは恐らく13時間前。誘拐現場も分かっている。お前ら2人で俺の娘を助けてくれ」



 ”元”刑事である清水は己の身に起きた緊急事態に対しても、冷静さを失ってはいなかった。熱く熱せられた鉄のように静かに、だが高温を発するかのような表情を浮かべる清水。

一方でジュリは眉をひそめる。



「……私たち兄妹は捜査一課(刑事課)から疎まれているのは知っているでしょう? 仮に私たちが証拠を見つけても、裁判には使えないって。それで清水さんが捜査一課から飛ばされたんでしょう」



「例え、俺がクビになろうが逮捕されようが娘の命には代えられないだろう。お前らの依頼料ぐらいの金なら家を売ればなんとかできるしな」



「……私は”人間”は切らないわよ?」



 異様な緊張感。辺りにもその緊張感が伝わったのか店全体が暗く重くなる。ジャズ調の明るい音楽が流れてはいるが、それらは一層店内を暗く強調するだけであった。

そこに全く空気を読まずに、トイレから鼻歌を歌いながらジョンが出てくる。ぶらぶらぶらぶら、両手を軽く振りながら元いた席へと歩いて来る。ジョンは手についた滴を飛ばしながら、明るい調子で清水の隣へと強引に座る。



「おう、清水のおっさん、ちょっと遅れすぎだろっ! いつも『社会人は10分前行動するんだぞ』って言っていたじゃないかよ?」



「兄さん、少し静かにしてくれるかしら」



「あっ、おう」



 (ジュリ)に怒られ、静かになるジョン。

そして改めてジュリは清水の方へと向き直る。



「まあ、その依頼は受けるわ。取りあえず時間もないみたいだし、その”小指取り連続誘拐犯”については道すがら資料を頂戴。それで依頼料なんだけど、先払いにてもらえるかしら?」



「先払いだと? ああ、今の払える額なら全部払う。残りはもう少し待ってくれないか」



「おいおい、何だかわからねぇが清水のおっさんが困ってるじゃねえか。なんの依頼か知らねえけど」



「そうね。依頼料は”ここの支払い”で良いわよ。さ、早くここを出ましょう。時間はないんでしょう?」



 ジュリは伝票を清水の前に出すと、席を立つ。

後に残されたのは全く状況の読めておらず、頭一杯に疑問符の浮かんだジョン。そして。



(……ジュリ)



 少しだけ目の端に涙を浮かべる清水。

そして伝票を掴むと清水はジュリを追うように立ち上がるのだった。

 

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