18-9
捕鯨砲に繋がれたロープに一気にテンションが掛かる。
金属繊維を丁寧に編み込んだロープは例え猛スピードで走るトラックでさえも受け止められるほどの強靱さを誇るが、ジョンの目の前でそのロープは黒板を爪でひっかくような悲鳴を上げていた。ジョンは真っ直ぐにロープの先を見つめながら、足で砲座の脇に備え付けられた1本のレバーを蹴飛ばすように倒す。
「保ってくれよっ!」
ジョンは滑車に巻き取られていくロープを見つめながら、祈るように砲座から飛び出す。
次の瞬間には捕鯨船よりも大きい怪異メゴロドンが着水し、大きな水飛沫と大波が捕鯨船を川に浮かんだ木の葉のように大きく揺らす。捕鯨船の甲板にも大波は襲来し、甲板へと出たジョンも巻き込まれる。
「ぬおっ!?」
波で足下がぐらつき、頭を壁へと強かに打ち付ける。鈍い音と血飛沫が1つずつ。ジョンは裂けた裂けた額から噴き出す血を片手で押さえながら、もう片手で胸からデザートイーグルを抜くと船体の備え付けられた救命ボートへと狙いを定める。
救命ボートを止めている留め具を2つ撃ち抜くと、そのまま頭から海へとダイブする。救命ボートが着水すると同時に、ジョンもまた海へと着水する。すぐさまジョンは海中から浮上すると救命ボートの船縁へと捕まる。手で顔の海水を振り払うと、ジョンは妹の姿を探す。
「おいっ、ジュリっ! どこだっ! どこにいるっ!」
船縁に捕まり、遠ざかっていく捕鯨船を見ながら大声で妹へ呼びかけるジョン。
捕鯨船は潜水したメゴロドンを追う形で海中へと沈んでいく。ジョンが”元から”考えていたプランA、『船に満載した爆破物を怪異の近くで爆発させて爆殺』をしようにも妹が近くに居ては巻き込まれてしまう。先ほど船上で最後に妹の姿を見たのは、メゴロドンの口から外へと飛び出したとき。そのまま着水してからほとんど時間は経過していない。ジョンはポケットに入っている遠隔起爆装置に手を掛けながら起爆を躊躇していた。だが、起爆装置の電波範囲はそこまで広くはない。特に相手が海中深く潜ってしまっては電波が届かず、捕鯨船に積み込んだ爆発物も不発で終わる。そうジョンが悩んでいるときに、ジョンの掴んだ船縁に金属音が響く。咄嗟に横を見ると、船縁に引っかかったロープの付いたかぎ爪。
「ジュリか!」
ジョンは船縁へ掴んだ手に力を込めて一気に救助船へと乗り込むと、そのロープを腕に巻き付ける。
腕と額に青筋を浮かべながら、そのロープをたぐり寄せる。1巻き2巻き……救助船の上に茶色のロープがとぐろを巻かれていく。ものの10秒も掛からずロープの先――海面へと浮上してきたジュリの姿があった。ジョンはロープを放すと、ジュリの腕を掴んで船上へと引き上げる。
「ねぇ、兄さん。あの怪異は?」
「捕鯨砲をぶちかましたからな。驚いて逃げたのかもな。まあ、予定通りプランAを実行するだけだ」
ジョンはポケットに入っている遠隔起爆装置を”ON”にするのだった。
――メゴロドンと呼ばれた怪異は一気に潜水をしていた。
手負いの獣が取る行動は2つ。1つ目は死にものぐるいで抵抗すること、2つ目は逃走。メゴロドンが取った行動は後者。圧倒的強者のメゴロドンにとって、ジュリとジョンの2人の”餌”は割に合わない相手だったのだ。今、無理に狩らなくても別の”餌”を探せば良い。強者に採れる余裕の選択。
だが。
ゴツンッ。
メゴロドンのエラに固い物が重たい衝撃を伴ってぶつかる。その固い物は口内に食い込んだ銛先に繋がるロープを巻ききった捕鯨船。メゴロドンはその捕鯨船から逃れようと潜水しながら身を捩るが、そのとき。
「”タタキ”になりやがれ」
ジョンが海上で遠隔起爆スイッチをONにする。
同時に捕鯨船に海中で大漁旗が揚がり、波に揉まれてたなびく。大漁旗がポールに沿って揚がりきった瞬間。
『ブォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
雄牛の雄叫びに被せるようにして捕鯨船は大爆発を引き起こすのだった。。




