18-8
チェーンソーに仕込まれた仕掛けにより、一気にロープが巻き取られて巨大な怪異メゴロドンの口内へと突入する。
同時にメゴロドンも意図を察したのか、ロープごとジュリの身体を喰らおうと鋭く並んだ牙がギロチンのようにジュリに向かって落ちてくる。鋭い牙がジュリの太ももへと刺さり、真っ赤な鮮血が海中で一筋の縄のように流れていく。
(っ!)
海中を染める鮮血。
右太もも裏。ウエットスーツが綺麗に裂けてピンクの肉が顔を覗かせる。あっという間に右足の周りは真っ赤なモヤに包まれるがジュリは一切気に止める様子はない。ジュリはチェーンソーのロープ仕掛けを力尽くで外すと、チェーンソーのリコイルを引いてエンジンを空ぶかしする。
そしてそのチェーンソーの刃で口内へ渾身の力を込めて思い切り突き立てる。”ホールケーキを切り分けるように”深く直角に、時には弧を描いて口内を蹂躙していく。鋼鉄製の捕鯨砲の銛すら弾く表皮を持つ怪異も、口内は大分柔らかいらしい。海中にはどす黒いモヤが一気に広がり、メゴロドンは口内のジュリを引き剥がそうと海中をめちゃくちゃに泳ぎ回る。
(これで少しは大人しくしなさいっ)
ジュリはさらに力をチェーンソーへと込める。
ずぶずぶと沈んでいく刃先。そしてとうとう歯の刃が口内からメゴロドンの肉を抉りだして外へと貫通する。メゴロドンはさらに無茶苦茶に身体を捩り、天地関係なく――まるで遊園地のアトラクションのような動きで海中をメゴロドンは泳ぐ。口内で引き剥がされまいとチェーンソーを肉へと突き刺しながらも耐えるジュリ。メゴロドンに飲まれても、あるいは吐き出されても次の瞬間には命はない。ジュリはただ捕鯨船を操舵する兄を信じて、意図を言わずとも”プランC”の時を待つ。
そのとき。
ジュリの身体がフッと一瞬だけ軽くなる。重力に逆らうような、その感覚。
そしてメゴロドンの牙の隙間から僅かに見える眩しい光源。水と赤黒い液体がメゴロドンの口内から一気に外へと流れ落ちていく。その水とともに、無理矢理外へと飛び出すジュリ。刹那、宙を落下していくジュリは口に咥えたエアーフィンを外すと大声で外に向かって大声を出す。
「兄さんっ、今!」
「ああ、分かってるっ!」
ジュリが僅かに見えた捕鯨船の船首。
そこには捕鯨砲の砲座で狙いを定めたジョンの姿。
「……こいつぁ、でっかい”オタマジャクシ”みてぇだ」
宙を舞うメゴロドンの姿を見てジョンはぽつりと呟く。
捕鯨船の眩しい照明に照らされたその姿。それはサメの攻撃的な流線型とほど遠い、丸っこい姿。背中には立派な背びれ、だがお腹の辺りは白くて尾びれも柔らかな丸みを帯びていた。さらにエラの辺りから生えた長い腕はまるでオタマジャクシがカエルへと変態途中であるかのようだった。
「喰らえっ捕鯨砲マークⅡだっ!」
巨大な怪異メゴロドン。その怪異の巨大さに比例する巨大で大きく開かれつつある口部。そこに向かって正確に捕鯨砲から銛が発射されたのだった。




