18-6
「お、おいっ! ジュリ、何をしてるんだっ!?」
暗い海中へと水音を残して消えた妹のジュリに追いすがるように、揺れる捕鯨船の中をジョンは駆ける。
そして船縁へと半ばぶつかるように追いすがると、海面へと顔を出す。
「おいおいおい、プランCってなんだよ」
ジョンは船縁を掴みながら呻く。
プランCについて考えようとするが、下から突き上げられる衝撃で考えが中断される。しかもジュリは海に飛び込んだのだ。考える時間などない。捕鯨船を揺らせるほど巨大な怪異。この状況で出来ることをやるのみ。
「……っ、やることをやるか」
ジョンはぐらぐらと地震のように揺れる船上を操舵席へと向かって駆ける。
右に左に船は揺れ、ジョンは船から落ちないように踏ん張りながら――船縁や壁に身体を打ち付けながら操舵席へと乗り込んだ。そして操舵席の操作盤から照明を最大にする。
「こんだけ明るくけりゃ、ちょっとは見やすくなるな」
海上は一気に明るくなる。まるでそれは小さな太陽。
目を細めながら、ジョンは一気に捕鯨船のエンジンをMAXまで動かす。プランCのことも分からず、捕鯨砲も弾かれる程強固な表皮を持つ怪異。今、爆薬を積んだ捕鯨船を爆破したところで、この巨大な怪異を殺すどころか自分やジュリが爆発に巻き込まれるだけ。ならば己がやれることは捕鯨船が沈まないように、ひたすら操舵に集中するのみ。
「……”ジョンは怪異から逃げようとした。しかし、回り込まれた”ってか。へっ、笑えねえ」
ジョンは誰からもツッコミを入れられないのを承知で、皮肉交じりの冗談を言う。
だがジョンのジョークにツッコミを入れる代わりに、船が一層激しく揺れる。もはや船体は沈没寸前。ジョンがその揺れに合わせて逆方向へと舵を切らなければ10秒も保ちそうになかった。エンジンは限界ギリギリを示すように唸りを上げるが、ジョンは構わずにさらにエンジンを吹かす。エンジンは焼け始めてるのか、操舵席に居るジョンの鼻に焦げの臭いがつく。
「おいおいおい、勘弁してくれよ。”物理的なツッコミ”は求めてないぞ」
ジョンは船縁に目線を向けながら眉をしかめる。
船縁を掴む細く白い腕。それが海から伸びていたのだ。腰からデザートイーグルを抜くと、その白い腕に向かって発砲する。”黒い壁”よりも柔らかいのか、弾丸は白い腕に当たって爆せる。白い腕の皮膚は裂け、人差し指は大きく跳ねて宙を舞う。さらに小さな血飛沫が船縁を赤く染めて、怯んだのか白い腕は海中へと姿を消す。
「……ジュリは無事なのか?」
ジョンは未だ揺れる船を転覆しないように操舵しながら、ジュリの手助けにいけない己に悔しさから歯ぎしりするのであった。




