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怪異に乙女とチェーンソー  作者: 重弘 茉莉
昏い海底より
163/229

18-3

その日の夕刻。東京都の文京区にある監察医務所。そこは自殺、他殺、不審死といった、様々な死亡理由を医学的な面から検査をする建物である。

その建物の中、自身のデスクで濃いコーヒーを啜りながら監察医である飯田 大輔(いいだ だいすけ)はジュリとジョンの兄妹に向き合っていた。



「久しぶりだな、飯田先生。急ぎのお仕事があるんだが、頼めるかい?」



「ワシに仕事だって? つまりそれは急いで司法解剖してくれだって? おいおい、なんだ。急に」



 飯田は頭をぐしゃぐしゃと掻くと、熱いコーヒーで曇った眼鏡を袖で拭う。

ジュリはキイキイと鳴る事務イスに深く腰掛けながら、ミルクたっぷりのコーヒーに口をつける。



「急いで見て欲しいから、急に来たのよ。ねぇ、お願いできないかしら、合鴨先生?」



「ま~たっく、お前ら兄妹はいつも急に来るんだから。んで、仏様はどこよ」



 飯田は大きなため息を吐きながら、イスから立ち上がる。

掛けてあった白衣に身を包み、首を数回ゴキリと鳴らす。



「流石、合鴨先生! もう下の解剖室に移動させてあるわ」



「なかなか手際の良いことで。それで、何が知りたいんだ? 死亡原因でも調べたいのか? 薬物とかの外傷のない不審死なら急いでやっても時間が掛かるぞ」



 デスクから離れて長い廊下へと3人は出る。

ぱたぱた、こつこつ、カツンカツン。3人の異なる足音が長い廊下を木霊する。



「そうね、死因を知りたいと言うよりも別のことを知りたいのよ」



「死因以外を?」



「まあ、遺体を見て貰ったら分かるんだけど、ちょうど半分になってるのよね」



「……? 話が見えないが」



「あー、つまりどんな化け物が被害者を襲ったのか知りたいんだ」



「ああ、そういうことか。それならすぐに分かると思う。けどな、そういうことなら尚のこと事前にアポイントを取るべきじゃないのか? ジュリはともかくジョン、お前さんはいくつよ」



「今年で25。飯田先生、俺たちも被害者の出る時間が分かってたらすぐに言うぞ」



「そういうことを言いたいんじゃないけどな」



廊下が終わり、無機質な階段を降りながら飯田はジュリとジョンに向かって不満を漏らす。

3人が階段を降りる度に、3人の履いた靴が色とりどりの音を立てる。そして階段の先、死体安置所兼解剖室の扉に手を掛ける。



「仏さんはあれか?」



「ええ」



 飯田は解剖台の上に置かれた”半分”の長さの死体袋に指す。死体袋のジッパーに手を掛けてゆっくりと下へと下ろすと現れたのは青白くなった男の上半身。

飯田は慣れた手つきで死体袋を脱がすと、哀れな被害者を検死台の上へと寝転がせる。部屋の中に生臭い臭いが充満する。



「それで、見て欲しいのはこの切断部位か?」




「そうね、小魚に啄まれたせいでよく分からないのよ。どんなものに噛まれたのか」



「まあ、取りあえず見てみるか」



 飯田は薄いニトリルの手袋を着けて作業用の眼鏡を掛ける。

そして解剖台に乗せられた”半分に”なった男性の切断部位に手をつける。



「……腹直筋辺りから、ふむ。 ……内蔵もボロボロ。小魚にだいぶやられてるな。 ……おぉ?」



 傷口を触っていた飯田が小さく声を上げる。死んだはずの被害者の腹部。そこに飯田が触れた瞬間、もぞもぞと動く。

飯田はメスを取り出してその蠢きに刃を当てる。皮膚が真一文字に切られ、手の平大の固い――茶色の甲殻を持つカニが泡を吹いて出てくる。



「……カニか」



「ああ、カニだな。しかも生きている」



「……カニにとっては、お菓子の家なんでしょうね。住みながら食べれる、理想の家。それで、そのカニはどうするの?」



「飼いも喰うもせんよ。ほらそこのパッドを取ってくれ」


 


 飯田は鉗子でカニを摘まむと、ジュリが取った金属パッドにカニを入れる。

気を取り直すと腹部の洗浄を始める。汚れ、腐敗しかけた内臓が解剖台の上に流れていき、腹腔は全くの空になっていく。そのとき。



「うんっ!?」



 飯田は腹腔を洗っていた指を咄嗟に引き抜く。その指先から。一筋の真っ赤な血が垂れていく。

飯田は手袋を引き抜くと、その指先を急いで洗う。



「どうしたの、合鴨先生」



「っ、中に何か鋭いものが」



「……こいつか」



 空になった腹腔に飛び出た棘。それは哀れな被害者の背骨に深く突き刺さっていた。ジョンは鉗子を持つと、空になった腹腔を覗き込んでそれを突っ込む。

腹腔にある飯田の指を傷つけたもの。それがゆっくりと中から引きずり出される。



「……何かの歯だな」



 ジョンは洗浄機でその出てきたものを洗うと、そこに出てきたのは手の平よりも大きい真っ白な”三角錐”のもの。

ナイフのように鋭く、切っ先の一部分にはノコギリのように細かな突起が見られていた。ジョンはそれに指を軽く触れさせるだけで、飯田と同じように指先がいとも簡単に裂ける。



「まだ鋭いわね」



 その様子を見ていたジュリがぽつりと呟く。

そしてその歯を見ていたジョンが答えるように、あるいは独り言のように声を出す。



「この歯のサイズは軽く9インチ (約23センチ)はあるな。一体この歯の持ち主はどれだけデカいんだ?」



 ジョンがその歯の持ち主について考えているとき。

狭い解剖室の中をジョンのポケットの携帯が鳴動する音が響く。それはジョンが頼んでいた船の改造を報せるものだった。

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