EX2-7
――翌朝。僅かに空が白や見始めた頃。
雅司の隣に設営されたテントの中で田口は寝袋から出るとあくびを1つあげ、携帯歯ブラシセットを持って外へと出る。隣のテントで寝て居るであろう後輩の雅司をたたき起こすために声を掛けようとしたところで、驚きの余り歯磨きセットを地面へと落としてしまう。
「な、な、何があったんだよ!」
昨日までは後輩である雅司のテントがあった場所。寝る前まではなんとも無かった場所。
だがそこにはテントの大半が焼かれ、地面にはバケツの水をこぼしたかのように真っ赤に染まっていた。ツンとした嫌な匂いがテントから一歩出た田口の鼻を刺激する。
「おっ、おいっ、雅司!? 何があったんだよっ!?」
大慌てで半壊したテントを田口が覗き込むと、そこにはうつ伏せになって気絶した雅司の姿。
田口はテントの中へと入り、雅司の肩を揺さぶる。
「おいっ、おいっ! 雅司っ! おいっ!」
「……あ~、田口先輩。おはようございます」
薄く目を開けて、雅司は弱々しく声を上げる。
田口は雅司が生きていたことにホッと胸をなで下ろしながらも、すぐに辺りを見渡して警戒し始める。
「……雅司、まさか。熊が出たのか?」
「……え~、ああ。はい、”熊”みたいのが出ました」
「外の血はなんだ? あれも熊の血か?」
「……え~、ああ。はい、そうです」
雅司はここで嘘をついた。あんな気味の悪い異形の話をしても信じてもらえないだろうと考えたのだ。
それに雅司にとって、”あれ”が熊であろうとなかろうと些細な差でしかない。一刻でも早くこの地から離れられればそれで良かったのだ。
「……よしっ。早いところ荷物をまとめて山を降りよう。悪かったな、雅司。何回もここに来たけど、熊が出てきて襲われたことなんかない場所だったんだが」
「いえ、田口先輩のせいじゃないですよ……」
「まずはこのテントを片付けちまおう。急いでな」
田口はすぐに荷物をまとめるべく外に出て行く。
雅司も田口を追いかけるように外へと出ると、乾き掛けた血だまりを避けて己の居たテントの骨組みを外し始める。取りあえず持ち運べるように田口と一緒になってテントをまとめていると、足下に転がる何か。それに田口と雅司が同時に気づき、田口は小さく悲鳴を上げる。
「ひっ、て、手!」
ころりと足下に転がったもの。それはどう見ても人間の右手。真っ赤に染まり、手の平まで食い千切られた跡の残る右手。
田口は顔面が蒼白になり、身体全体を震わせていた。一方で雅司は『ああ、あれはやっぱり熊なんかじゃなかったな』と、どこか冷静にその手を見つめる。そしてその手の爪には鮮やかなオレンジ色の毛糸が数本、詰まっていた。
そこから小時間。荷物をまとめた雅司と田口が山を降り始めるまでにそう時間は掛からなかった。
足早にそこを立ち去ろうとしたとき、雅司は森の奥からねっとりとした視線を感じて振り返る。だがそこには何の生き物の姿も見えなかったのだった。




