EX2-3
ぱちりぱちり。
炭を一杯に入れたコンロを挟む形で田口と雅司は釣果の魚をまな板の上に並べている。
「いやぁ、良い匂いっすね。自分、この小っさいヤマメしか釣れなかったですけど」
「まあ、初渓流釣りでボウズじゃないだけ良い釣果さ。これがキャンプの楽しみだよ。明日の”朝”まずめも釣るぞ」
田口の釣果はイワナとヤマメ合わせて8匹 (ニジマスは食べ飽きたとリリース)内1匹は尺イワナと呼ばれるビックサイズ、雅司は手の平程度ほどの大きさしかないヤマメしか釣れなかったのだ。だがそんなことは些細なこと。2人は釣ったばかりの魚を捌き、釣果を祝う小さな宴会を始めるのだった。
田口は慣れた手つきでイワナとヤマメのエラを取り、血抜きをする。そして塩を振ってぬめりを取ると、火を入れたコンロの網の上に並べる。
「そーいや、雅司ってワタ食える?」
「あーはい、一応」
「……あんまり好きそうじゃなさそうだな。でも、こういうところの魚って食い物が違うから、あんまりワタが臭くないんだよ」
捌いた魚をすぐに網の上へと並べる。そして田口は豪快に塩の入った袋から塩を握り込むと、網に乗せた魚へと振りかける。
数匹のヤマメとイワナが塩を振られて焼かれ、魚を焼く良い香りが辺りへと流れる。雅司の左手にはチューハイの入った紙コップを、右手には魚を裏返す用のトングを持って魚が焦げないようにひっくり返していた。
「よし、そろそろ喰うベ」
田口はクーラーボックスから取り出した缶ビールに口をつけながら、魚の焼き具合を見る。
程よく表面には焦げ跡が付き、肉は爆せて金色の身が姿を現す。雅司はそれを紙皿へと手早く取り分けると、田口に手渡す。
「あ~、本当にこれが楽しみなんだよ。綺麗な空気、静かなせせらぎ、そして美味いめし。最強の布陣だな!」
「ええ、ホントにそうですね~」
2人は釣った魚に舌鼓をうち、持ってきた酒はどんどんと進んでいく。
飲み始めたのはまだ僅かに日があったのが、いつの間にやら空には満天の星が散りばめられていた。
「いや~、雅司。あのハゲ教授のゼミには入らない方が良いぞ。いや、まじ。あのじじい、俺らが研究室で大富豪してたらぶち切れてたから。はー、つまんな」
「あのハゲの講義、つまらないですよねー。良く講義中に寝落ちしてますよ」
「それはしゃあない。 ん?」
田口が次の缶ビールを開けようとクーラーボックスへと手を伸ばすが、その手は宙を掴むばかり。
すっかりと赤ら顔になった田口は不満げに手に持ったビールの空き缶を握りつぶすと、ゴミ袋の中へと投げ入れる。
「酒もなくなったし、そろそろ寝る準備すっか。明日は4時から釣るからな、ちゃんと起きろよ? というか、俺たぶん起きないから起こしてな」
「あー、はい。了解です」
「ああ、あと枕元には一応熊よけのスプレーを置いておけよ? あと虫除けスプレーしないと酷いことになるから注意しろよ」
「大丈夫っす。持ってきてあるんで」
「おっけ。なら早く片付けして寝ようや」
時刻は21時過ぎ。コンロの火を消し、炭に川から汲んだ水を掛けて埋め、2人で手早くゴミを片付ける。
タッーン……!
タッーン……!
突然、真っ暗闇の森の奥から2発の銃声。
ゴミを片付けていた田口と雅司は手を止めると、辺りを見渡す。だが、目を凝らしても辺りにはただただ闇が広がるばかり。
「……こんな時間に猟をしている人なんているんですね」
「危ないから普通はしないはずなんだけどね。一応、寝るときも証明は消さないでおこうか。今の銃声、そんなに遠くないから”何か”いたのかも」
「……そうします。じゃあ田口先輩、また明日もお願いしますね」
「おーう、おやすみぃ」
雅司は自分のテントの入り口を開けるとそのまま敷いてあった寝袋へと潜り込む。
眩しかったが枕元には明かりをつけっぱなしで置いておき、さらには用心のために熊撃退スプレーを並べる。
(……なんか嫌な予感がする)
雅司はまぶたに映るランプの明るさを感じながら、眠りへと落ちていくのだった。




