EX2-2
時間は少し巻き戻る。
時刻は午後の2時を少し回ったところ。G県の高手山の麓。山道特有の細く曲がりくねった道を1台のブラウンのジムニーがとある場所を目指して走っていた。
「いてっ!?」
「はっはっはっ! 小さな石でも踏んだかなっ!?」
田口は笑いながら山道を飛ばす。
舗装されているとはいえ、車内から見て右側が切り立った崖の下。そのため、細い道路の至るところに大小の石が転がっていた。小さな石はそのまま乗り越え、拳よりも大きな石は丁寧に道路の端に寄せる。うねうねと細い道を石を撤去しながら走っていたために、目的地の付近に着いたのは昼を過ぎていた。車を路駐した後、さらに獣道を分け入ることしばらく。ようやく田口と雅司の2人は目的地である川まで辿り着いたのだった。そこは人が入った形跡もあまりなく、釣りスポットで良くある釣り糸やゴミもまた落ちてなどいなかった。田口はその2メートル程度の小川の近く、少しだけ開けた場所に背おって来た荷物を下ろすと、背を伸ばす。
「よしっ、着いたぞ!」
「ここがポイントなんですか?」
「うん。とりあえず暗くなる前にテントを組み立てちまおう。雅司は1人でテントを組み立てられる?」
「家で一回組み立てたんで大丈夫、だと思います」
渓流の脇。河原脇の石だらけの猫の額ほどの小さなスペースに雅司と田口はキャンプを張る準備をし始める。まず、テントを保護するためのブルーシートを敷き、その上に1人用のテントを設営。さらにテントの中にはアルミシートを敷き、石の凸凹感を少しでも和らげる。
所用時間は1時間半程度といったところ。キャンプ好きの田口はテキパキとテントを設営し、今回初めてキャンプをする雅司の手伝いをしていたために時間が余計に掛かってしまっていた。
雅司はテントの勝手も分からないために一番安いが、ポリエステル製の安いテントを持ち込んでいた。安いために骨組みやペグまで細くみすぼらしいものであった。
「にしても、本当に秘境って感じですね。人がほとんど入ってなさそうです」
テントを組み立て終わった雅司は汗を拭きながら辺りを見渡して田口に向かって話しかける。目の前に流れる川は澄み切っており、時折何かの鳥の鳴き声、そしてヒグラシがカナカナ……と夕暮れを告げていた。日が沈み欠けのこの昼と夜の交わる時間。この時間は1日に2度ある”まづめ”の時間。釣りをする人間にとって外すことが出来ない時間。
「こういう場所の魚ってスレてないから釣れやすいんだよ」
田口は毛針の仕掛けを作りながら、雅司へと話しかける。
田口は雅司の一年上の先輩である。だが必修を落とすほど授業に身を入れてなかった田口は再度同じ講義を受けるハメになり、たまたま席が近かった田口と後輩の雅司と学年を越えて仲良くなったのだった。
「渓流釣りはやるの初めてなんですけど、海とおんなじなんですねぇ」
雅司はスプーン仕掛けを準備しながら、田口の方を見やる。
そのとき。
タッーン……。
遠くで発砲音が響く。
雅司は仕掛けを作る手を止めて辺りを見渡すが、特に変化はない。雅司のその様子を察してか田口は毛針仕掛けから目を離さずに、雅司に声を掛ける。
「ああ、ここ猟師が良く来るポイントなのよ。水辺だからいろんな獣が来るってさ」
「えっ?」
雅司はその言葉に少しだけ身を強張らさせる。田口はそんな雅司を無視して完成した仕掛けを川へと投げ込む。
「えっーと、田口先輩。まさか、熊とかここに出ませんよね?」
「いや、出るよ。一応熊よけのベルとスプレーは持ってあるけどな」
雅司もまた出来上がった仕掛けを川に放り込みながら、嫌な予感が胸の中を過ぎるのであった。




