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EX2-1
雅司はジッと息を殺して一点を凝視する。口元に手を当てて声が漏れないようにする。
額には油汗が浮き、緊張からか口元から漏れ出る吐息は火傷しそうに熱い。
(早く、早くどっかに行ってくれっ!)
雅司は簡易テントの隙間から外を眺める。テントの隙間から濃厚な血の――鉄さびの臭いが外から流れてきており、雅司の鼻腔をツンと刺激する。
明かり1つない真っ暗な夜。だが澄み切った山の空気のお陰か、星明かりが辺りをほのかに明るくしていた。テントに映る黒い影。そこには2メートルを超える”真っ黒な毛むくじゃら”が鼻先をふんふんと鳴らしながら辺りを
ずる、ずる。
何かを引きずるような奇妙な音。
その音が雅司のいるテントの周囲を円を描くように雅司の耳に入る。口を押さえた両の手の平が熱い。涙目になりながらもずっと己の周囲を周り続ける”それ”から目が離せないでいた。




