17-12
――九尾欠けの討伐から4日後のこと。日が傾き掛け、駅のホームの雑踏の中。
東京駅。ホームに立つ4人。巌と結衣はトランクを持ち、腕には包帯をぐるぐると巻いていた。
「じゃあ、あたしたちは帰るわねぇん。あーちゃん、ジョンちゃんありがとうね~。ジュリちゃんにもよろしく~」
「色々お世話になりました」
身体の至る所に包帯を巻き、顔には痛々しい火傷の跡が残ってはいたが元気そうに巌と結衣はジョンと清水に向かって挨拶を交わす。
清水とジョンもまた、目の前の2人と同様に身体中至る所に包帯やガーゼをつけて痛々しい状態ではあったが、こちらも元気そうな明るい表情を浮かべる。
「まあ、次に東京に来たときに清水のおっさんに言ってくれれば東京案内ぐらいはするぞ?」
「あら~、イケメンさんの案内で東京見物なんて~。あたし、やっぱりここに残ろうかしら~?」
「巌さん、冗談はその口調だけにしとき」
巌は身体をぐねぐねと動かし、照れ隠しで両の手を頬に当てる。
本人的にはとても艶めかしい動きだろうが、周囲の人間にとっては不気味な動きにしか見えなかった。清水は口元に手を当てて咳払いをすると巌をジッと見つめる。
「……巌、お前大丈夫か? 復讐を果たしたんなら、どうだ? 警察機関に戻ってくるのは。警視庁なら協力機関にコネもあるし。住む場所なら新しい家を見つけるまではウチで寝泊まりしていても良いし。 ……まあ、娘はちょっと嫌るかもしれないけどな」
巌はその清水の提案にじっと無言で見つめ返す。
そして突然大きく笑い声を上げる。
「あっはっはっ! あーちゃん、あたしを誘ってるの!? 嫌よ、あたしはこう見えて純情派なのよ~」
「ばっ、馬鹿野郎! 俺はお前を心配してだな……」
巌の表情が一瞬で真面目なものとなる。
口紅をし、頬に紅を差しているにも係らずその表情には一瞬だけ影が差す。だがそれが日が陰ったものなのか、それとも巌自身のものなのか。
「……大丈夫、といえば嘘になるわね。死んだことを理解は出来ても納得なんて出来ないもの。 ”一生”ね」
「巌……」
「まあ、でも、さ。それなりに生きてたいじゃない? 辛くてもさ。生きてれば、何かかわるかもしれないし、ね」
巌がぽつりとこぼすように話す。
それと同時にホームに新幹線の到着を告げるベルが鳴り響く。
じぃりりりりっ!
巌はトランクケースを手に持つと結衣に目で新幹線の方を指す。
結衣はぺこりと頭を下げると、ジョンに向かって手を差し出す。
「ジョンさん、色々ありがとうございました。病院にジュリさんにもお礼を伝えてください」
「ああ、ちゃんと伝えておくよ。まあ、巌のおっさんにも言ったけど、次は観光でも来てくれれば案内するぞ?」
「ええ、では近いうちに」
ジュリと結衣は握手を交わすと、再度結衣はぺこりと頭を下げる。
そしてちょうど開いた新幹線にそのまま乗り込んで、巌に声を掛ける。
「巌さん、もう発車するで~?」
「あらあら~、すぐにいくわ~。じゃあ、あーちゃん、ジョンちゃん、じゃあね。ジュリちゃんにもよろしくねぇ」
そういうと巌は両手にスーツケースを持つと、結衣が待つ新幹線の扉の中へ入る。
そしてスーツケースを置くと清水とジョンに向かってウインクをする。そして閉じた扉の中で、軽く手を振る。それに答えるように清水もまた軽く手を振り返す。
プシュウーッ!
新幹線の扉が閉まり、巌と結衣の姿が遠く小さくなっていく。そしてその2人の姿消えた後、ジョンと清水は大きく背筋を伸ばす。大きな”仕事”が終わり、肩の荷が下りたような仕草であった。
「まるで嵐のようだったな。なあ、清水のおっさん?」
「ん?」
「巌のおっさんに何があったんだ?」
「まあ、昔にな、あの九尾欠けに嫁さんと2歳になる娘を殺されちまったんだ。ちょうど、警視庁と府警の合同九尾欠け事件の捜査をしているときだったんだよ」
「そう、か。ん?」
ジョンはふと何かに気がついたかのように辺りを見渡す。
一瞬、スーツ姿の女が視界に入ったのだ。だがその姿はごった返したホームの雑踏に消えてしまう。
「ジョン、どうした?」
「……いや、気のせいだな」
ジョンは一瞬、九尾欠けに似た女が居たように見えたのだ。
心なしかあの九尾欠けの笑い声が鼓膜の中に聞こえた気もしたのだった。




