17-11
店内の天井にも火は燃え移り、辺りにはすえた臭いと黒煙が立ちこめる。
視界はほぼゼロ。だが、巌の渾身の力を込めた一撃は女の―― 九尾欠けの頭に一直線に振り抜かれた。
パリンィイイッ!
ガラス、あるいは陶器を砕いたかのような音が辺りへと響く。
巌がその女の顔面を振り砕いた。
元がガラスの仮面だったかのように綺麗に砕けて、バラバラに辺りへと飛び散る。
「はぁ、はぁ」
巌の額から大粒の汗が滴り落ちる。
興奮のためか、あるいは周囲の熱波のせいか、あるいは両方か。青筋を立てて目を見開き、顔面は朱に染まる。まるで”鬼”の形相をしたまま、巌は眼下に広がる破片達を見つめる。
「あはははははははっ、あははははっ」
突如、破片の一部――艶やかな真っ赤な唇が開き笑い声を響かせる。
人を嘲るような、嘲笑するような不愉快な笑い声。悪意のある笑い声。耳をつんざくような大きな、とても大きな笑い声。そしてその破片たちがゆっくりと蠢き始める。
「うぅぐっ!?」
巌の鼓膜を貫く大きな笑い声。巌の顔は苦悶に歪み、耳を両の手で押さえても音は入り込む。
視界はぐらぐらと揺れる。眼の毛細血管が破裂したのか視界は朱に染まる。今にも意識が途切れそうになる。しかし。
「……”永遠にその口を閉じさせてやる”」
巌は胸のポケットから小さな杭を取り出す。
大きさは巌の手の平にすっぽりと収まる程度のもの。真っ黒なそれは火の明かりをちらちらと反射していた。
「こいつはな。”玄翁”を溶かして打ち直したんだ。お前も見たことあるだろう? あの殺生石を砕いた玄翁和尚の槌だ」
巌は思いきりその杭を振りかぶると九尾欠けの胸元へ――心臓へと渾身の力を込めて突き刺す。
ずぶりと嫌な感触が巌の手に伝わるが、一切の力を緩めることない。
「俺の嫁の子供の分だっ! 地獄で詫びろっ!!」
巌がその杭に向かって右手を固く絞り、打ち下ろす。
「あはははははははっ、あ「あはははははははっ、あははははっ」ははははっ「「あはははははははっ、あははははっ」あはははははははっ、あははははっ」」
多重に聞こえる笑い声。
それがその杭が完全に九尾欠けの胸の中に沈み込んだ瞬間。まるで何事もなかったかのように辺りは真っ暗となる。そして辺りをうろついていたマネキン達もまた、不自然な格好で動かなくなる。
「……終わったのか」
巌は肩で息をしながらぽつりと言葉を漏らす。
辺りを見るとマネキンを両断した状態でチェーンソーのエンジンを空吹かすジュリ、日本刀を構えたまま辺りの様子を探る結衣、そして悠々とトラックの荷台の上でリロードするジョンの姿があった。そして足下に視線を向けると灰となって消えていく九尾欠けがただただあるばかりであった。




