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怪異に乙女とチェーンソー  作者: 重弘 茉莉
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151/229

17-11

 店内の天井にも火は燃え移り、辺りにはすえた臭いと黒煙が立ちこめる。

視界はほぼゼロ。だが、巌の渾身の力を込めた一撃は女の―― 九尾欠(くびか)けの頭に一直線に振り抜かれた。



 パリンィイイッ!

ガラス、あるいは陶器を砕いたかのような音が辺りへと響く。



 巌がその女の顔面を振り砕いた。

元がガラスの仮面だったかのように綺麗に砕けて、バラバラに辺りへと飛び散る。



「はぁ、はぁ」



 巌の額から大粒の汗が滴り落ちる。

興奮のためか、あるいは周囲の熱波のせいか、あるいは両方か。青筋を立てて目を見開き、顔面は朱に染まる。まるで”鬼”の形相をしたまま、巌は眼下に広がる破片達を見つめる。



「あはははははははっ、あははははっ」



 突如、破片の一部――艶やかな真っ赤な唇が開き笑い声を響かせる。

人を嘲るような、嘲笑するような不愉快な笑い声。悪意のある笑い声。耳をつんざくような大きな、とても大きな笑い声。そしてその破片たちがゆっくりと蠢き始める。



「うぅぐっ!?」



 巌の鼓膜を貫く大きな笑い声。巌の顔は苦悶に歪み、耳を両の手で押さえても音は入り込む。

視界はぐらぐらと揺れる。眼の毛細血管が破裂したのか視界は朱に染まる。今にも意識が途切れそうになる。しかし。



「……”永遠にその口を閉じさせてやる”」



 巌は胸のポケットから小さな杭を取り出す。

大きさは巌の手の平にすっぽりと収まる程度のもの。真っ黒なそれは火の明かりをちらちらと反射していた。



「こいつはな。”玄翁”を溶かして打ち直したんだ。お前も見たことあるだろう? あの殺生石を砕いた玄翁和尚の槌だ」



 巌は思いきりその杭を振りかぶると九尾欠(くびか)けの胸元へ――心臓へと渾身の力を込めて突き刺す。

ずぶりと嫌な感触が巌の手に伝わるが、一切の力を緩めることない。



「俺の嫁の子供の分だっ! 地獄で詫びろっ!!」



 巌がその杭に向かって右手を固く絞り、打ち下ろす。



「あはははははははっ、あ「あはははははははっ、あははははっ」ははははっ「「あはははははははっ、あははははっ」あはははははははっ、あははははっ」」




 多重に聞こえる笑い声。

それがその杭が完全に九尾欠(くびか)けの胸の中に沈み込んだ瞬間。まるで何事もなかったかのように辺りは真っ暗となる。そして辺りをうろついていたマネキン達もまた、不自然な格好で動かなくなる。



「……終わったのか」


 巌は肩で息をしながらぽつりと言葉を漏らす。

辺りを見るとマネキンを両断した状態でチェーンソーのエンジンを空吹かすジュリ、日本刀を構えたまま辺りの様子を探る結衣、そして悠々とトラックの荷台の上でリロードするジョンの姿があった。そして足下に視線を向けると灰となって消えていく九尾欠(くびか)けがただただあるばかりであった。

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