17-5
ジュリはまるで太陽を直視したかのように目の前が真っ白になり、地面へと無様に転がる。
さらに壁に後頭部を思いっきり打ち付けたため、意識をほとんど失い掛けていた。
『……私としたことが、はしたない』
先ほどの奇妙な鳴き声とは打って変わって、まるで鈴を転がしたような声がその女の口から漏れる。
その女の破けたスーツの隙間から、ふりふりと銀色の尾が揺らめいていた。
「何をしやがった……」
少し離れた場所に居たジョンもまた全身に火傷を負い、地面に転がっていた。
幸いなことに、女の行動に一瞬だけ早く目を閉じられていたために視界を失ってはいなかった。痛む体を無理に起こし、銀毛尾の女に向かってベネリM3を構える。
『あらら、無粋ね。でもそれ、まだ撃てるの?』
銀毛尾の女がベネリM3に向かって指を指す。そしてくすくすとさも楽しそうに笑い声を小さな口から漏らす。
一方、ジョンは女の眉間を狙って引き金を引く。
カチッ。
乾いた金属のかち合う音が1つ。
カチッ、カチッ。
ジョンは何度も引き金を引くが、その銃から弾丸が発射されることはなかった。
ジョンが銃身を振ると内部からカラカラと軽い音が鳴る。壁に叩きつけられた影響か、ベネリM3の内部機構が砕けて地面へと部品が落ちていく。
「てめぇ……」
ジョンは胸からハンドガンを抜くとすぐさま発砲する。
だがそのハンドガンは先ほどのベネリM3に比べれば、実銃と水鉄砲ほどの威力差しかない。
『ご飯が増えたわぁ。あなたの皮は美味しそう』
当然、効くはずもない。
少しだけ強い風を受けた程度で、銀毛尾の女は歩みを止めない。そしてそのままジョンに死の口づけをしようと膝を折り、ジョンの体を支える。
『ああ、美味しそうな匂い』
「これでも喰ってろっ!」
ジョンは胸からスタングレネードのピンを抜き去りながら、渾身の力を込めて銀毛尾の女の口へと押し込む。さらにだめ押しとばかりに顔面を殴りつけて体勢を立て直すと、一気に駆け出す。
「おいっ、ジュリ! 逃げるぞっ」
ジュリの腕を掴んで走り出すと同時に、背後で閃光が走る。
視界を一瞬で奪うほどの輝きを背で受けながら、ジョンはジュリを引きずって逃げ出した。
「……なんだ、アイツは」
ジョンは一瞬だけ後ろを振り返る。
そこには両目を押さえたまま、うなり声を上げる銀毛の半獣人の姿があった。だめ押しに手榴弾のピンを抜いて、”それ”に投げつけると一目散に路地の入り口を目指して全力疾走する。
「はぁ……はぁ……」
ジョンは近くに停めてあったスポーツカーにジュリを放り込むと急いで発進させる。
1秒でも早くあの怪異から逃げて体勢を整えなければ、命はないとジョンの直感が告げていた。
「……ね、ねぇ、兄さん。どうなってるの……? 目が、目がよく見えないの」
ジョンはアクセルを踏み込み、ギアはマックスで車と車の隙間を器用に縫うように縫うように抜ける。
そして目の前の運転に集中しながらも、ジュリを気遣う。
「逃げた。あのままじゃ、皮をひん剥かれて殺されていたしな」
「……そう。とりあえず、目に刺さった”これ”を早く抜きたいわ」
そう言うとジュリは指先で眼球に突き刺さる突起物に触れる。
突起物はジュリの指先に、あってはならない異物感を伝える。
「とりあえず、病院に行ってそれを抜いてもらうか」
「あと清水さんにも連絡入れなきゃね。もっと資料をもらって突き詰めないとだめね」
ジュリは目を閉じて先ほどあったことを思い出す。
それを横目にジョンは病院を目指して暗くなり始めた街中を駆け抜けるのであった。




