17-3
清水に連絡が入る少し前のこと。
ジュリとジョンの兄妹は当て所もなく繁華街を彷徨い歩いて居た。辺りには仕事帰りのサラリーマンの姿があちこちに見え、居酒屋なども店の明かりが点き始めていた。2人は清水からの依頼で『皮を綺麗に剥がされた焼死体』の怪異の動向を追って欲しいと頼まれたのだ。また深追いせずに様子を見て欲しいとも。
「なぁ、ジュリ。そろそろ休憩をいれようや。もう辺りも暗くなってきたし、さっき通り過ぎた中華の店で飯食おうや」
ジョンは黒のトランクを片手に、疲れたような声を上げる。都内をずっと歩き通しだった彼にとって、既に足の疲れはピークを迎えていた。
トランクを地面に置くと、かちりと中から金属の触れ合う音が微かに響いた。
「まあ、そうね。朝から”人間北京ダック製造器”探してるし、ちょっと早いけどご飯を食べましょうか」
ジュリもまた背負ったギターケースを軽く揺らしながら、今来た道を振り返る。
振り返った先、数十メートルの場所に麒麟飯店の看板があった。
「……麻婆豆腐の良い匂いがするわね。私はそれにしようかしら」
ジュリは中華飯店の方を向きながら、周囲の匂いを嗅ぎ分ける。
そしてジュリの持つ猟犬よりも優れた嗅覚はその店の1番の料理を見分けるのであった。
「あそこはマーボーが1番美味いのか。まあ、俺はメニューを見て決めようかな」
そんな他愛もない話をしながら、中華飯店に足を踏み入れようとしたその瞬間、ジュリは兄の上着の襟を掴んで止める。
意気揚々と入店しようとしたジョンは襟を掴まれた拍子に息が止まり、むせて涙目になる。
「ゴホッ、お前、何すんだっ?」
「人間が焼ける匂いがする……近くで」
ジュリは辺りを見渡しながら、その臭いの元を探る。
そしてその言葉でジョンもまた目当てのものが見つかったのだと理解した。
「……こっちね。兄さん着いてきて」
「はぁ、せめて飯を食ってから見つけてくれよ」
ジュリは臭いの元を辿って駆け出す。
その背をぶつぶつと文句を言いながら追いかけるジョン。
そしてその臭いの元は、ジュリたちから1キロと離れていない地点。
ビルとビルの細い路地裏。そこに一組のカップルが体を密着させる形でキスをしながら抱き合っていた。見た目は若いサラリーマンとOLであり、この繁華街という土地柄、不自然さを感じるようなものではなかった。
「まったく、三日間も探し回るハメになるなんて思わなかったわ」
ジュリはそう呟くと背負っていたギターケースを背から下ろす。そしてケースの中身を掴むと投げ捨てた。
ギターケースの中に納められていた、漆黒に塗られたチェーンソーのエンジンを大きく吹かす。
「お楽しみ中に申し訳ないけど、少し良いかしら」
ジュリはエンジンを大きく吹かしながら、そのカップルの様子を見る。
その男女は、大型のチェーンソーを構えている女が近くに居るのに意に介すような仕草はない。むしろ一層激しくキスをし続けている。
「……凄く臭いわね」
ジュリは眉間にしわを寄せる。そしてジュリが一歩そのカップルに近づく度に髪を燃やす臭いと肉を焼く臭いが鼻腔にこびりつく。
数歩進んだところでジュリはようやく気づく。
男のほうは激しくキスをしているのではなかった。女の方が男をその細腕でがっちりと掴み上げていることに。
そして眼球は真っ赤になり黒目は白く濁っていた。耳と目と指先から血を滴らせ、まるでタップダンスを踊るかのように痙攣していたのであった。
「ジュリ、”それ”から離れろっ!」
身を隠して路地の反対側に待機していたジョンがあることに気がついて叫ぶ。
「えっ?」
そのジョンの叫び声に重なるようにして、風船を割るような大きな音が鳴り響いたのであった。




