16-6
奈緒は無言になり、エアコンの送風の音だけがやけに耳に付く。
そして鼓動が早くなり、頬は興奮から紅潮する。
「それって、私が自分でこんなことをしたって言うのっ!? なんでっ……」
目から大粒の涙を流し、手先は興奮からか微かに震える。
そして掴み掛からんとする奈緒に対して、ジュリは両手を広げてなだめるように話す。
「奈緒、アナタが”誰か”の同情を引きたいだとか、”そういう”のじゃないのは分かっているわ。ただ、奈緒自身が知らずに自分を傷つけているっていうのは事実よ」
「えっ?」
「まぁ、つまり”実体のないもの”に人間は直接殺すことは出来ないってことよ。前に遭った”ガンプ”は直接襲ってきたでしょう。でも今回は”幽霊”みたく直接は襲って来てないでしょ。で私の仕事の経験から言わせてもらうと、ベタな幽霊なんて存在しないと思うのよ。所謂、半透明で足がなくて、なんてね」
「……どういう意味?」
「幽霊なんて”怪異”がそう簡単にぽんぽん自然発生していたら、今頃は世界中で幽霊だらけよ? 怪異に”成る”のは特殊なときだけ。しかもどれもこれも実体があるのよ」
「ならこの首の痕とかは……」
「そうね、それなんだけど」
ジュリはゆっくりと何かを確かめるように部屋を見渡す。
「ねぇ、奈緒。あの”ガンプ”のところから何かを持ち帰ってたりとかしない?」
「……そんなことするわけないでしょ。あの日の靴とか服とかも全部捨てるぐらいよ」
「その辺りからあの病院の臭いがするのよ。ちょっと見ても良い?」
「うん……」
ジュリが指さしたのは奈緒の可愛らしいフェルトの赤地に金色の装飾が為されたアクセサリー箱。
奈緒はその箱を手に取ると、ジュリに手渡す。
「ああ、これね」
ジュリが手に取ったもの、それは月を象ったイヤリングであった。
イヤリングを手の平に乗せて、奈緒に見せるように差し出す。
「これ、あの廃病院に行った時も着けていったでしょ、血の臭いがついてるわ。これが原因ね」
「……」
奈緒はただただ頷くばかりであった。
「まぁ、人間の執着心は凄いからね、この血と一緒についてきたんじゃない?」
それだけ言うとジュリはそれらを机に乗せる。
「これをしっかりとアルコールかなにかに一晩浸けて拭けば、もう大丈夫だと思うわよ」
「そんなただの汚れを落とすようなやり方で?」
「まぁ、人間の執着心なんて依り代がなきゃすぐになくなるものよ。奈緒も江戸時代の農民の化け物が出たって話は聞かないでしょ。それと一緒でそのものさえなくなれば消えるのよ」
そうジュリはアドバイスをすると席を立つ。
「え、ちょ、ちょっとジュリ、どこ行く気?」
「ちょっと酒屋に強いお酒を買いに、ね」
奈緒の家を出てから数十分後、戻ってきたジュリの手にあったのは『スピリタス』、アルコール度数は90パーセントを超える酒である。
「これに浸けとけば大丈夫よ。じゃあ、私は帰るわね」
そう言って立ち去ろうとしたジュリの手を奈緒は掴む。
「いや、流石に怖いんだけど。今日、一晩一緒に居て」
「えっ」
そこからジュリと奈緒が一晩中飲み明かしたことはまた別のお話である。




