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怪異に乙女とチェーンソー  作者: 重弘 茉莉
ガンプと呼ばれた怪物
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第3章-5 ガンプと呼ばれた怪物

――暗闇の中、足音が1つ。紫苑(しおん)は1人、病院の緊急搬送口へと駆けていた。

窓を開けようにも、窓は固く閉じられており、びくともしなかったのだ。

不思議と、割れた窓は1枚もなかった。


「な、なんで!?なんで窓が開いてないの!?」


息を切らしながら、ひたすら駆ける。心臓が軋み、肺が絞られる感覚に襲われながらも、彼女の(ひたい)に伝うは冷や汗。


しばらく走ると、薄暗闇の中に、縦筋の光が1つ見えた。その光を目指して走ると、開き戸タイプのドアが見える。

助かった……そう思い、扉にそのまま飛び込んだ。


ガチャン


金属音が響く。そのまま扉に思いっきり、体当たりするような格好になった紫苑は、扉に弾かれる形で尻餅をつく。

紫苑の頭は一瞬混乱したが、扉の取っ手に鎖がぐるぐる巻きにされていることに気がつく。


「な……」


紫苑はショックで涙をこぼす。


「ふざけないでよっ!」


苛つきと恐怖から、紫苑は渾身の力を込めて扉を蹴る。

扉は少しだけ揺れたが、鎖は切れなかった。


「なんでよぉ……」


紫苑は、もはや懇願するように扉にすがりつく。

その顔は涙でぐしゃぐしゃになり、化粧も汗で崩れていた。

 

 そのとき。



           \ドッ……

微かに、笑い声が聞こえた。


「ひゅ……」


紫苑は息を飲んだ。






           \ドッワハ……






           \ドッワハハハ……



笑い声が、段々と近づいてくる。


「いや……」


ガンプがこちらに向かって来ているのは、明白であった。


「か、隠れなきゃ……」


ここに居たら追いつかれる……と、辺りを見回す。

暗闇の中、扉が見えた。何かの部屋のようだ。

紫苑はその小部屋に飛び込んだ。

そこは処置室であったのか、ボロボロのベッドが手前と奥の2つあるだけであった。

急いで、部屋の奥に置いてあるベットの下に入り込む。






           \ドッワハハハ/






           \ドッワハハハ/







           \ドッワハハハ/


すぐ近くを笑い声が響く。

処置室のドアが開く音がする。重い足音が辺りに響く。

ガンプは辺りを探していた様であったが、少しすると笑い声が消えた。


 何も音がなくなったことが不安になり、紫苑は入り口の方を見やる。

そこには、誰の姿も見えなかった。

紫苑はホッとすると同時に少し冷静になる。パニックになって飛び出してきたのは良いものの、緊急搬入口が開かない以上、逃げ道はないのだ。人に襲いかかる化け物に、女1人で敵うはずもない。紫苑は冷静さを取り戻すとともに恐怖で身震いする。

みんなのところに戻ろう……そう思った紫苑は、ベッドの下から這い出ようとした。「痛っ!」紫苑は小さくうめいた。どうやら、ベッドの下にあったゴミで、太ももを切ってしまっていたようだ。そのスカートを履いた白い足に、一筋の血が流れる。

 



          \ドッワハハハ/


すぐ近くで笑い声。紫苑は恐怖で体全体が痙攣(けいれん)を起こしたように震え、そして音の元へと視線を向ける。そこは入り口から見て、手前のベッドの下。



 ガンプがまぶたのない目で、紫苑を捉えていた。


「ひっ」


紫苑は後ずさる。紫苑が居るのは部屋の角であり、ここから逃げるためにはガンプの横を走り抜けねばならない。

ガンプはぬるりとベッドの下から這い出ると、紫苑に近づいてくる。


「もう……いやっ……」


紫苑はガンプの横を走り抜けようとした。しかし、恐怖からか上手く走れない。

ガンプは手に持っていた鉄棒を大きく振りかぶると、横を走り抜けようとした紫苑の左脚に向けて叩きつけた。


 紫苑の脚がはじけた。皮膚が衝撃で裂け、黄色いツブツブとした脂肪が、花火のように辺りに飛び散る。脂肪の下の赤い筋肉が露わになり、大腿骨(だいたいこつ)の一部が粉砕される。そして一拍をおいて、血があふれ始める。

紫苑は前のめりに倒れる。


「あ”っあ”ああ”あ”~」


痛みで悲鳴を上げ、頭は痛みと恐怖でいっぱいになる。

倒れ伏した状態で、紫苑はガンプを見上げる。そこには再度、鉄の棒を振りかぶるガンプの姿が見えた。紫苑は咄嗟に手を突きだして、体を守ろうとした。


 風切り音が1つ。その瞬間、ガンプの鉄棒は紫苑の手の平に当たり、紫苑の鼻先をかすめる。

ポトリ、と紫苑の人差し指から小指の4本、鼻先が床に散らばる。傷口から血があふれ出す。


「~~~っっ」


紫苑はもはや叫ぶ余裕もなく、苦痛と恐怖でうずくまった。


 3度目にガンプが鉄の棒を振り下ろしたのは、紫苑の頭だった。

頭蓋が砕け、灰色のゼリーが中からこぼれ落ちる。衝撃で、右目が眼底から飛び出した。

紫苑の意識はここで途絶えた。口が半開きになり、よだれがそこから流れる。残った左目は、光を失っていた。


 ガンプは何度も紫苑に向けて、鉄の棒で殴りつける。



          \ドッワハハハ/


殴りつける。


          \ドッワハハハ/

殴り続ける。


          \ドッワハハハ/

それがとても楽しいことのように。

笑い声は、止まない。

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