16-4
奈緒が講義室から逃げ出したその日以降、奈緒の日常は恐怖へと蝕まれていった。
どこかに出掛ければ首筋の痛みとともに紫苑の姿を必ずどこかしらで見たからだ。
地下鉄の電車に写る窓ガラスの中で、買い物をしているスーパーの中で、あるいは逃げ出した先の電柱の影に彼女が、”紫苑”が現れた。
そしてその現れる頻度が数日に1回から一月ほどが経った今では毎日、日によっては2回や3回も見ることもあった。
「いやっ……もう」
カーテンを全開にした状態で、日光が部屋を照らす。奈緒は自室に引き籠もり、ベッドの上で体育座りしていた。
目の下には大きな隈ができ、顔色は青白くなっている。そしてベッドの周囲には空になったコーヒー缶やエナジードリンク缶が山のように転がっていた。
「わ、私が何をし、したってのよ……」
うつらうつらと頭が前後に揺れる。
一瞬間を置いて、奈緒は眠気を振り払うように頭を振る。
『寝たら、し、紫苑が出てくる……』
今の奈緒にとって、夢の中ですら安息の地はない。
眠る度に出てくる廃病院行きの車の中で、ずっと隣に座る紫苑になぶられ続けるのだ。
最初の頃は奈緒の友人たちも心配して様子を見に来てくれていたが、最近ではほとんど音沙汰もない。
一度、友人たちに連れられて病院に行く途中に紫苑の姿を見た奈緒は発狂した様に騒ぎ、その様子を見ていた友人たちからやんわりと距離を取られてしまったのだ。
そうして1人になってしまった奈緒。
以前に買いだめした食料とデリバリーでなんとか凌いでいたが、寝ていないことで確実に体力が限界へと近づいて来ていた。
『私に、死ねって言うの……?』
奈緒は死の恐怖から涙をこぼしながら、眠気に負けそうになる。
再び眠気からうつらうつらとなる。
ピンポーン♪
突然鳴るチャイム。
寝る寸前であった奈緒はハッと意識を取り戻す。
『あれ、私、何か頼んだっけ?』
ベッドからなんとか抜け出して、ふらふらと玄関に向かう。
そしてドアスコープを覗き込むと、奈緒は目を見開く。
「じゅ、ジュリ……」
「奈緒がしばらく大学に来ていないって聞いたから様子を見に来たんだけど……大丈夫?」
ドアの前に立っていたのは喧嘩別れしていたジュリであった。
奈緒はしばらく悩んでいたが、意を決したようにドアを開けるのであった。




