第16章-2
「はぁ……はぁ……」
紫苑は自室のベッドで汗だくになりながら上半身を起こす。
「また、あの夢……」
右手で額を押さえながら汗を拭う。
そして布団から抜け出すと、冷蔵庫へと向かう。
『……紫苑が居なくなってからもう半年かぁ』
冷蔵庫から麦茶を取り出すと、そのまま口に含む。
そして半年前にこの世を去った友人に思いを馳せる。
『……廃病院のこと、今でも夢みたい』
廃病院で“ガンプ”と呼ばれる化け物に襲われたこと、友人の紫苑が惨殺されたこと、もう1人の友人のジュリがチェーンソーを振り回していたこと。
そして廃病院の帰りにジュリに『何で紫苑を守ってくれなかったのよっ』と問い詰めたこと。そしてそれからジュリとは友人ではなくなり、大学では目も合わせないこと。
「ジュリにあんなこと言わなきゃ良かったな」
後になって思うとジュリに詰め寄ったことは八つ当たり以外の何者でもない。もしジュリが居なければ、自分自身すらこの世に居なかったのだ。
それに、元はと言えば肝試しに行った自分たちが悪いのだ。しかしそのことが分かっていても、ジュリに謝れないでいた。一度崩れた関係はそう簡単には直らない。それに奈緒にはどう声を掛ければ良いのか良い考えが浮かばなかったのだ。
「はぁ……ホント、自分が嫌になるわ」
奈緒は自己嫌悪を感じつつ、出した麦茶を冷蔵庫へと戻す。
冷蔵庫の扉が開き、手元が明るくなる。そのとき、麦茶を持った自分の手に違和感を覚える。
「え。なに、これ……?」
うっ血し、薄紫色の手形がくっきりと奈緒の手首に刻まれていた。
そのことを認識した瞬間、手首と首から鈍い痛みが走る。
「え、えっ」
自分に何があったのか理解出来ない奈緒。
奈緒は自分の姿を確認するために、洗面台の前へと駆け寄る。そして明かりを点けると、鏡を覗き込む。
「……は?」
手首と首にはっきりとした手形の痕が見て取れる。
それは夢の中で紫苑に襲われた箇所と同じところ。さらに首の一部の皮膚は裂けて血が滲んでいる。
「何で? 紫苑……」
痛みと恐怖から涙が自然に頬を流れる。洗面台に奈緒の涙が落ち、小さく飛沫を上げる。
「ひっぐ、し、紫苑……ひっ」
突然、洗面台の明かりが消え、視界は闇へと包まれる。恐怖から鏡をじっと覗き込んでいる状態で固まる奈緒。
段々と闇に目が慣れ、鏡に写った自分の姿が見え始める。奈緒は暗い中とはいえ、鏡の中の自分に不自然さを感じていた。鏡に写った自分の姿がいつもよりも大きく感じたからであった。
電気を点けようとスイッチに手を伸ばすが、何回押しても明かりが点くことはない。
そして完全に闇に目が慣れた奈緒には、何故鏡に写った自分の体が大きくなった理解した。背後に何か居るように奈緒の身体が二重にぶれていた。その二重にぶれた”何か”が分かった瞬間、奈緒は背筋に氷を入れられたかのような悪寒が走る。
「ひっ……ひっ……」
それの正体、それは先ほど見た夢の中からそのまま抜け出たかのような紫苑の姿。血と脳漿に塗れ、落ちかけた首がぐらぐらと揺れる。
奈緒は叫ぼうとするが喉の奥が張り付いたかのように、声が出ない。
「なんでぇ、アタシぃ……だけぇ」
紫苑の怨嗟の声が耳元で囁かれる。そして血に塗れた手が奈緒の肩を掴んだ瞬間、奈緒の意識はぷっつりと途切れるのであった。




