番外章:ひたひた呼ぶ-2
走れども走れども辿り着くところは、倒れた看板のある最初の場所。
「うげぇ、まいったな。こりゃあ」
1時間近く全力疾走を続けていても、同じところをぐるぐると回り続けていることにうんざりしたジョンは足を止める。
そしてタバコを咥えると、ゆっくりと紫煙を吐き出す。
「どうしたもんかな」
ジョンが全力で走り続けたにも関わらず、後方からは相も変わらずぺたり、ぺたりと同じ距離を保って足音がずっと着いてきていた。
片手でタバコを咥えたまま、毛片方の手で無精ひげの生えたアゴを擦りながらゆっくりと考える。
「他人んちにも入れなかったしなー、せっかく買った肉まんが冷えちまった」
走り続けた1時間の間に、電気の点いた家にはインターフォンと玄関扉を何度も押したり叩き、電気の点いていない家にはさらに窓をぶち破って入ろうとした。
だが1軒も反応がなく、窓ガラスはまるで鉄製のようにヒビ1つつかなかったのだ。
ジョンはコンビニ袋を漁ると、肉まんを1つ口の中に放り込む。
肉まんはかなり冷めてはいたが、それでも走り続けて空腹となったジョンにとっては十分に美味いものであった。
「取りあえず、朝までゆっくり待つか……?」
地べたに直接座り、肉まんにかぶり付きながら足跡の主の方をじっと見る。ジョンはそこであることに気がつく。
先ほどから足音はしているが、ジョンが座り込んで移動していないにも関わらず距離が近づいてなかったのだ。
「薄気味わりいな。まったく」
ジョンはひたすらに足音の主を睨み付けながら、霧でほとんど見えない空を見上げるのであった。
そしてその状態が数時間経った頃、鳥の鳴き声が聞こえ始め、空の東の方から段々と白止んでくる。
辺りはまだ深い霧に包まれていたが、いつの間にか足音は消えていた。
ジョンは空になったタバコと肉まんの包み紙の入ったコンビニ袋を握ると立ち上がる。
「いったい、何だったんだ。こないだ家の中で捕まえたクモを逃がさずに、便所に流した天罰か?」
ジョンは微かにしびれる足を軽く回すと、霧の中自宅へと足を向ける。
少しだけイラついた様に倒れた看板を蹴飛ばすと、ゆっくりと歩き始めた。
「おーい」
背後の霧の中から、誰かに呼び止められる。
「おーい、ジョン」
また、呼ばれる。しかもその声は聞き覚えのある男の声。
「清水のおっさん……?」
ジョンは思わず立ち止まると、霧で見えないその声の主の方向をじっと睨み付けるのであった。




