第15章-4 舞宇道村:再
「えっ?」
ジュリはチェーンソーを振るいながら、突然の鳴動にも似た”鳴き声に手と足を止める。
ジュリの背後にいたジョンもまた、銃身を切り詰めたソードオフ・ショットガンを構えて辺りを見渡す。
「……なんだぁ?」
ジョンはそうつぶやいて辺りを警戒する。
鼓膜を突き破るほどのその鳴き声は少しずつ小さくなり、ついには聞こえなくなった。
「兄さん。こういう時って、悪い予感しかしないんだけど……?」
ジュリは再度大きくチェーンソーのエンジンを吹かす。
一方でジョンは辺りを見渡しながら、耳を澄ます。亜熱帯のような密林の中で、チェーンソーのエンジンの音だけが辺りに響く。
そして一瞬間を置いて、突然地面が揺れた。
そしてジュリの眼前に突如現れる、大穴。
「きゃっ!?」
ジュリはまるで穴に吸い込まれるように、底の見えない穴の中へと転げ落ちる。
「ジュリッ!!」
ジョンは咄嗟にジュリへと手を伸ばして 体を支えようとするが間に合わない。
空、赤い木々、黒い地面、闇。これらの光景が高速で繰り返されながら、ジュリは転がり落ち続ける。
「ジュリッー!!」
ジョンは穴へと手を伸ばした体勢のまま、妹が飲み込まれた暗闇に目を凝らす。
だが穴の中は一切様子が見えず、またジョンの発した声にジュリからの返事はない。
「おいおい、冗談じゃねぇぞ……。車に積んどいたロープを持ってくれば、降りられるか……?」
ジョンは穴を覗き込みながら、下に降りる算段をつける。
幸いにもこのジャングルに踏み行ってからすぐの出来事であったため、車まですぐに戻れるからだ。
「……よしっ」
小さく鼓舞するように声を出したジョンは穴から身を起こす。
そしてジョンは車に戻ろうと、ジャングルの入り口へと駆け出す。いや駆け出そうとした。
「うぐぅっ!?」
駆け出そうとした瞬間、木を掴んでいた左腕と右足首に鋭い痛みが走る。本能的に足が止まり、皮膚が裂けた感触が患部から脳へと走る。
突然の痛みに意味が分からず、ジョンはその痛みの原因へと目を向ける。
「なんだ、こいつらは!!?」
ジョンが目にしたモノ、それは己の体に巻き付いた艶やかな黒髪とそれの持ち主である女の生首。
それが腕に1つ、足には2つ絡みついていた。しかも、女の顔は3つとも同じであり、焦点の合わない目で空をただ見つめていた。
咄嗟に胸に仕舞ったショットガンを”それら”に向けると、ジョンは1発ずつ正確に眉間を打ち抜いていく。
重いカボチャを破裂させるような音ともに、生首の頭蓋は粉々に砕けて赤黒い血のような液体が辺りを染める。
「びっくりさせやがって……ん」
ジョンはそこであることに気がつく。臭いが、おかしいのだ。
普通、血が辺りに飛び散れば猟犬並み嗅覚を持つジュリではなくとも、鉄さび臭が鼻腔に突き刺さるものだがそのような臭いが一切にしなかったのだ。そして、その女の生首に既視感を覚える。
「甘い……果物みたいな臭い……? あとこの女、どっかで見たような」
そこまで考えたジョンであったが、次の瞬間には無意識のうちにショットガンを上に向けて何発も打ち込む。
そしてジョンに降り注ぐ甘い香りの赤黒い液、抜け落ちた眼球、髪。そして、辺りの小枝をなぎ倒して落ちてくる新たな無数の”女の生首”。
「うっおおおおぉおおっ!!!」
雨の様に降り注ぐ女の生首。
ジャングルに木霊するジョンの咆吼。
辺りに広がる濃厚な硝煙臭と果物臭。
静かだった密林が、一気に騒がしくなるのであった。




