第3章-3 ガンプと呼ばれた怪物
その廃病院は当たり前だが、人の気配などなく、不気味にそびえ立っていた。
佐藤 剛は廃病院の入り口に車を着ける。
「さあ、着いたぞ!」
意気揚々と、剛は車から降りる。
女性陣も降り始める。雅司も怖がりながらも、降りないと舐められるので車から降りようとした。
そのとき、奏矢 ジュリに服を引っ張られる。
「ねぇ、降りるのは止めたら?」
「へっ?」ジュリの碧眼に射すくめられ、雅司は動きを止めた。
「嫌な予感がするの。このまま、みんなで帰れないかしら?」
ジュリは風に乗ってくる微かな血の臭いを感じていた。
「えっ」
ああ、この子は最初は乗り気だったけど、実際に来てみたら怖くなったパターンか。と、雅司は理解した。
「いや、大丈夫だよ。ジュリさん、幽霊だとか化け物だとかは居ないさ」
先ほどまで、内心ビビっていた雅司であったが、意中の女の子の前。そんな姿は見せられないと、虚勢を張る。
「そう……分かった」
それだけ言うと、ジュリは反対側のドアから車を降りた。
剛は、ごそごそとトランクを漁ると、懐中電灯を1つ取り出す。
「よ~し、じゃあ行くぞ!」
剛は上機嫌になりながら、病院の入り口に手を掛ける。
何度も、不法侵入を許したであろうそのドアは、錆びた音を立てながらも、容易に開いたのであった。
佐藤 剛を先頭に、自然と2列になる。剛の横を志村 紫苑が、そのすぐ後ろに田中 篤の横には佐久間 奈緒が、そして最後尾に横溝 雅司とその横には奏矢 ジュリという形で廃病院を探索するのであった。
眼前に広がる、受付は雨風にさらされたのか、侵入者たちに荒らされたのか、はたまた両方か、酷く荒れていた。
剛は懐中電灯で辺りを探索する。
長いすには黒カビが生え、中のスポンジが黄色い中身を覗かせる。一部はひっくり返されてしまっている。
受付のカウンターは正面が大きくえぐれ、元は清潔な白だったそれは埃で黒くなってしまっている。
剛が記念撮影をしようとしたのか、スマートフォンを取り出すと、あることに気がつく。
「あれっ、ここって圏外じゃん」
他のメンバーも釣られて、各々が携帯電話の画面を確認する。どうやら、全員とも圏外であるようだった。
「とりあえず、記念撮影しようぜ~」
剛がみんなに声を掛ける。記念撮影にふさわしい場所がないかと、辺りを探索するのであった。。
剛が懐中電灯で壁を照らす。そこには、スプレーで書かれたのであろう、○○参上!!! だとか夜露死苦! などと落書きがされていた。床には、スプレー缶やコンビニ弁当、ペットボトルといったゴミも散乱していた。
「きゃっ!」
紫苑は小さく叫び声を上げ、周囲もその声に反応する。
「どうしたの~?」
剛はニヤニヤ顔を紫苑に向け、体をさりげなく寄せた。
「あ、あそこ……」
紫苑が震える指で指す。それは暗闇の中では、一見すると、ただの薄汚れた壁。
「ん~?」
剛は紫苑が指を指した方へ、懐中電灯を向ける。
そこにはスプレーの色ではなく、赤茶けた液体……まるで血で書いたように”あいつがくる にげられない ごめんなさい”と書いてあった。
「何……あれ……?」
「誰かのイタズラじゃないの?」
「くだらねぇ!」
そう言いながら、剛はその落書きに蹴りを入れる。落書きの上にくっきりと靴後が残った。
「先輩……ちょっとまずいんじゃ……」
「へーき、へーき!おっ!」
そのまま、病院の案内図を見つけた剛は、現在地を確認する。
「とりあえず、手術室に行ってみよーぜ!」
そう言いながら、剛はずんずん進み始めた。
残ったメンバーは、なし崩し的に剛に着いていくのであった。
手術室に行くまではこれといったことはなかった。途中で、突然現れたコウモリにびっくりした紫苑がパニックになったことを除いては。
「着いたぞ!」
剛は他のメンバーとは対照的に、上機嫌に声を出す。
手術室と書かれたランプが、懐中電灯の光を返した。そこは、やや汚れていたが、受付と比べてかなり綺麗だった。
周囲を見ても、錆とカビ汚れはあるものの、落書きといったものは見当たらなかった。
「よし、じゃあ早速入ろうぜ!」
剛はスライド式の扉を開けようとする。しかし、扉が重いのか、もしくはさび付いているためか、開きそうな雰囲気はない。
「おい、お前らも手伝え!」
剛は、篤と雅司に指示を出す。
「せーのっ!」
3人で扉に力を加える。
ズ……ズ……ズ……と、ゆっくりと扉が動き始めた。
少しすると、扉は4分の1程開き、体を横にすればなんとか入れそうだった。
「よし、じゃあ行くぞ」
そのとき、今まで無言で着いてきたジュリが、手術室に入ろうとした剛を呼び止める。
「ねぇ、もう肝試しは終わりにして帰らない?」
その言葉を聞いた途端、剛はいやらしくニタニタする。
「あれ~、ジュリちゃん。怖くなっちゃった?大丈夫。何が出てきても、ボクシング部の俺がいれば、1発KOだよ」
「いや、普通に歩き疲れたからなんだけど」
ジュリは剛をまっすぐ射すくめる。
「じゃあ、あとちょっとだけ、ね?あとちょっとだけだから」
しかし、ジュリの視線を剛は意に介さない。剛はそのまま手術室に入って行く。
ジュリは大きくため息をつくと、剛に続いて中に入る。
その後、残った4人も順々に中に入って行く。ちなみに最後尾は雅司であった。
手術室は真ん中に手術台が設置され、ライトも割られずにそのままであり、壁には棚が数個残っていた。一番乗りした剛は手術室を荒らし始める。棚を開けたりなどをして、友達にでも持って帰るのか、何かお土産を探しているようであった。
奈緒、紫苑、篤も「おおー……」などと言いながら、手術室の中を歩き回る。
ジュリは手術室に入った瞬間、濃い鉄さびのような臭いが強くなったのを感じた。
「ここには何も依頼はなかったはずなのに」
ジュリはもう1つのことに気がつく。
手術室はほとんど荒れていなかった。ぱっと見は経年劣化はしているが、埃がこの部屋だけほとんど積もっていないのだ。まるで今でも誰か使っているみたいに。
「ねぇ……」
ジュリは、この違和感をみんなに伝えようとする。
しかし、お土産を見つけて上機嫌になった剛が、手術台に寝転び、「オペ!」と一発芸をしていたことによって、その言葉はかき消される。
それを見た奈緒、紫苑、篤は大声で笑う。
その瞬間。
\ドッワハハハ/
手術室に居る6人以外の大人数の大きな笑い声が、病院内に響き渡った。