第15章-1 舞宇道村:再
これまでの主要な登場人物
・奏矢ジュリ
大型チェーンソーを振り回し、怪異を狩り続ける。一家で怪異狩りの依頼を請け負っているが、休みの日が潰されることを非常に嫌がる。
都内の理系大学に通っており、専攻は応用生物学科。学年は2年で、20歳。髪型はショートで黒髪。碧眼であり、膝下ぐらいの長さのスカートを(怪異狩りのときも)好んで着用する。
冬はこたつでアイスを食べる派。
・奏矢ジョン
奏矢ジュリの兄で、怪異狩りのときには銃火器を好んで使用する。依頼の時には、妹とともに向かうことが多い。身長178センチで体重は89キロ。髪型はツーブロックで、妹とは違い黒目、黒髪である。怪異狩りのときには、軍用の分厚いジャケットを着込む。
現在年齢は25歳で、日々修行と食い扶持を稼ぐために家業に邁進している。
冬はこたつで冷凍ミカンを貪る。
・横溝 雅司
『第3章 ガンプと呼ばれた怪物』にて、事件に巻き込まれてジュリに救われる。大学2年生で、20歳。ジュリとは別の大学に通っており、オカルトは好きだが、無縁の生活を送っていた。
髪型はソフトモヒカンで、身長は172センチ、58キロ。臆病ではあるが、咄嗟の勇気と判断力はそれなりにある。
実家にこたつがないため、いまいちこたつの話に乗りきれない。
関連章 ・『第3章 ガンプと呼ばれた怪物』 ・『第4章 水にストーカーされる女』・『第5章 長いトンネル』・『第7章 天国地獄診断機』
・清水 明夫
警視庁捜査一課第三特殊捜査係、通称”SIT3”(special investigation team 3)に所属。47歳で妻子持ち。
奏矢兄妹に事件の依頼をすることで、協力体制を取っている。個人としては、奏矢兄妹とは、十年来の知人である。
関連章 ・『第2章 妖精博物館』・『第6章 異世界より』・『第8章 愚者のハーレム』・『第9章 祝福されし仔ら』・『第10章 人家』・『第12章 血濡れの守護天使』・『第13章 見える見えない』
・篠生 鈴
年商58兆円を誇る篠生財閥グループの会長の孫。年齢は27歳。表の顔は建設・電気会社のCEOを兼任している。一方で裏の顔は、「オルハ評議会」と呼ばれる穏健派怪異集団の評議員を勤める。
「第11章 オルハ評議会」にて、”祝福されし仔ら”からとあるものを守るために奏矢兄妹と接触した。
関連章 ・『第11章 オルハ評議会』・『第13章 見える見えない』
・祝福されし仔ら
怪異集団。ジュリとジョンの両親を殺した因縁がある。祝福されし仔らの証として、手を逆さにした形の紋章、そして紋章の下に読めない字が書かれている印章を持っている。
関連章・『第8章 愚者のハーレム』・『第9章 祝福されし仔ら』・『第10章 人家』・『第11章 オルハ評議会』
人気のない寂れた集落。時刻はまだお昼だというのに、曇天で薄暗い。
道路には謎の黒い粘液がこびりつき、玄関扉が破壊された様な一軒家もある。人気のない一方で庭には水道ホースに繋がれた散水機や落ち葉が溜まった子供用のビニールプールなど生活感が残った状態で放置されていた。
この集落の中心の公民館。大きく荒れた駐車場に1台のハイエースが停まっていた。
1人は後部座席で書類を広げ、もう1人は運転席で缶コーヒーに口をつけている。
「人気のない集落ってやっぱり不気味っすね。この公民館の入り口なんて、まるで車が突っ込んだみたいに壊れてますし。 ……なんでここ日本なのに銃痕とかところどころあるんすかね?」
「まあ、政府が一括でここら辺買い上げたらしいしな。色々あったんだろ」
作業服姿で話す軽い口調の若い男と壮年の2人組の男。胸の辺りには”藤原建設事務所”と刺繍されており、壮年の男は若い男の話を適当に受け流しながら資料とにらめっこしている。
「おい、大介。徹のやつ遅くないか? あいつ、便所に行ってくるとか言って公民館に入っていったよな」
「え、桜井さん便所すか。お腹でも痛いんすかね?」
壮年の男、藤原 武雄は部下である荒井 大介に声を掛ける。
藤原はここ舞宇道村へ部下の荒井と桜井 徹の3人で、政府から委託された土地と家屋の調査に来たのであった。
「ったく、あいつ居なきゃ測量できねーじゃねーか。くそに時間掛かりすぎだろ」
イライラを隠す様子もなく藤原は資料から目を離すと、胸のポケットからハイライトを取り出す。
火のついたタバコから口を離すと、紫煙を吐き出す。
藤原が腕時計を見ると、部下の1人である桜井が居なくなってから40分は経過していた。
「しょうがねーな。おい、大介。先に機材下ろしとけ。俺はあいつを連れてくるわ」
そう言うと藤原は口にタバコを咥えたままハイエースから降りると、公民館の入り口へガラスなどを避けながら消える。
その様子を見ながら荒井は運転席から降りると、藤原に言われた様に機材を下ろし始めた。
――機材を下ろし終えた荒井は無造作にポケットに突っ込んだくしゃくしゃのハンカチで汗を拭く。
車についた時計を確認すると、藤原が桜井を探しに行ってから30分は経過していた。
「藤原さんも桜井さんも遅いな……」
一息ついた荒井は公民館に目を向ける。そこは藤原が入って行った時から変らず、暗く静かであった。
「ん?」
荒井は息を飲む。
公民館の入り口の奥、薄暗い廊下に誰かが這いつくばっているように見えたのだ。
「藤原さんっ!!?」
荒井は驚いてガラスが靴裏に深く刺さるのも気にせずに、その倒れた人影に駆け寄る。
同時にその倒れた人影は薄暗い廊下の奥へと何かに引きずられるように消え去った。
「えっ?えっ?」
人影が倒れていた辺りで立ち止まる荒井。
足を止めた理由、それは引きずられた血の跡、それと廊下に深々と突き刺さった生爪。
「え……ふ、藤原さん?」
倒れた人影が消えた、暗い廊下の先。微かに聞こえる物音。
蛇に睨まれたカエルのように動けなくなった荒井は、暗い廊下の先をジッと見つめることしか出来なかった。
『ぷちゅうぅう……』
鳴き声なのか分からない音を発しながら、廊下の奥にいる犬ほどの大きさの何か。
それは手も足もない芋虫のようであった。
段々目が慣れてきた荒井は、その芋虫の下に藤原が居ることに気がつく。
そしてその藤原の腹部から伸びる細い管のようなものを、芋虫はゆっくりと咀嚼しているのであった。
「ひっ……ひっ……」
血色の良い細い管……荒井には何の器官かは分からなかったが、分かったことがただ1つ。
見たこともないような大きさの芋虫に藤原が内臓をむさぼり食われているということだけであった。
『ぷち 『ぷちゅうぅう……』ゅうぅう……』
芋虫が荒井を、見た。
「ああぁぁああぁ!!!」
荒井の理性は恐怖で吹き飛んだ。
震える足で車まで走ると、急いでハイエースのエンジンを掛ける。
「ひっ……ひっ……」
恐怖のあまり、小も大も運転席にまき散らしながらもアクセルを大きく踏み込む。
そして上司である藤原、先輩である桜井を見捨てて、荒井は舞宇道村から逃げ出したのであった。




