第14章-10 初心(ウブ)と少女とチェーンソー
「正造さんっ!?」
正造によって蹴り飛ばされたジュリは尻餅をついた状態で叫ぶ。
奇怪に肥え太ったかのような脂肪の付いた胴体、カマキリを思わせる長い下半身、その巨体が天井にへばり付けていた理由であろう人間の手が付いた3対の脚部、そして振り下ろされた白刃の鎌をもつ”ファリス”。
先ほど森の中で見ていたはずであったが、尻餅をついたジュリには、一瞬で目の前に質量を持った壁が出現したかのような錯覚に襲われていた。
ファリスが振り下ろした鎌がカビたコンクリートを抉り、小さなコンクリ片が辺りに飛散する。ファリスの白刃の鎌が付いた腕部、3対の脚は甲虫を思わせるような鈍い色を放ちながら、コンクリ片が金属に当たったような音を立ててぶつかる。
一方、正造は飛散したコンクリ片をまばたき1つなく、顔で受け止めながらハチェットを大きく振りかぶった。
「邪魔だ」
正造はコンクリートに深々と突き刺さっている鎌の根元、ファリスの手首に当たる節となっている部分に刃を突き立てる。
ハチェットの刃とファリスの表皮がぶつかる瞬間、小さく火花が舞う。そして金属のように堅いであろうその部位を、まるで小枝を折るように力任せにたたき折る。
「にlxうdfぎゅおうぇ」
”ファリス”の右腕の鎌は手首の辺りから切断され、緑色の血をまき散らしながら鎌部は地面へと音を立てて落ちる。
ファリスは黒目のない目で正造を視界に捉えながら左の鎌部を振り上げると同時に、正造のスーツの裾を一対の脚部が握りしめた。
ファリスが天井から降ってきて数秒ほどで、人間とは思えない反応速度で対応していた正造であった。しかし鎌部に注意が行っていたためか、自身のスーツを掴まれるまでその延びた脚部に気づくことが出来なかった。
スーツを掴まれ、力任せに引きずられる正造。前のめりにつんのめった正造の背に白刃が突き刺さろうとする。
正造は咄嗟に身を捩《よじ》るが、全く無意味であった。勢いよく振り下ろされた刃先が正造の背に突き刺さる瞬間、重い音辺りに響き渡る。
一瞬の出来事であった。
重い音が響いた瞬間、ファリスの鎌部が中央辺りから砕ける。そしてその衝撃で勢いよく振り下ろされていた”半分”ほどになった鎌部は、正造のスーツの一部を切り取りながら床に叩きつけられた。
「ギリギリね~」
「そうっすね……」
雪江はその場にそぐわない間の延びた声を出しながら、対物ライフルのバレットM82Aを構えていた。その横に銃身を切り詰めたショットガンを持ったジョンも冷や汗をかきながら立っている。
雪江とジョンは今度はファリスの頭部と胴体に向けて、銃弾を吐き出し始める。
「ういdzlcfhう゛l」
頭部にはこぶし大の穴が空き、胴体からは細長い管のような臓器が顔を覗かせる。だが、それでもファリスは動きを止めることはない。
奇妙に嘶《いなな》きながら、ファリスは正造を持ち上げると左右に振り回す。壁に叩きつけながら、まるで盾のようにして雪江とジョンに迫る。正造は意識を無くしているのか、まるで人形のようにされるがままになっている。
ジョンと雪江はファリスにトドメを刺そうと頭部や胴体に狙いをつけるが、その度に正造の体が射線に入り次弾を撃てないで居た。
そして客室の玄関からのそりとファリスが2人に迫るにつれて、一歩ずつジョンと雪江は後退していく。
ジョンと雪江はゆっくりと戦闘態勢を構えたまま下がり続け、とうとうファリスは全身が廊下へと出る。ジョンと雪江は入り口のある降りてきた階段へと追い込まれ始めていた。
ジョンはショットガンを背にしまうと、胸に挿していたサバイバルナイフを取り出す。
「このまま、一時退却はないっすよね?」
「当たり前よ~。 ……あれ、ジュリちゃんは~?」
ふと、雪江は声を漏らす。
そのことにジョンが後ろを振り返ると、そこにはチェーンソーのエンジンを吹かして、短距離ランナーのようにファリスへと駆け出すジュリの姿。
「おいっ、何をする気だっ!」
「兄さん、私に任せて」
ジョンと雪江の間をすり抜け、全力で駆けるジュリ。正造を盾の様に振り回し、ジュリの突撃を迎撃しようとするファリス。
「っbkづfcgyきゅdwぇ」
「っ!」
ジュリは全力で駆け抜けた勢いのまま、スライディングをして正造の盾を抜けてファリスの股下へと滑り込む。
さらに股下に入る瞬間、その昆虫のような下腹部に向けてチェーンソーの刃を突き立てていた。
「ぬいdぉえぐ」
ジュリが完全に股下を抜けてファリスの背後へと回ると同時に、真一文字に裂かれた下腹部からエメラルドグリーンの液体とピンク色をした管や人の頭大の臓器が床へとばらまかれる。
微かに床の上で脈動するそれらを眺めながら、動きを止めたファリスの頭部に向けて煌めくチェーンソーの刃を突き立てるのであった。




