第14章-8 初心(ウブ)と少女とチェーンソー
『1・2』
指で正造は合図を送る。ハチェットは右手に持ち、空いた左手で指を一本ずつ立てる。
後ろにいる雪江、ジュリ、ジョンはそれぞれに武器を構えて、何が飛び出してきても良いように身構えていた。
『3!』
指の3本目を立てた瞬間、朽ちかけた従業員用のドアを蹴り飛ばして正造はモノ音がした従業員の待機室へとなだれ込む。
朽ちたドアは細かく破片を吹き飛ばしながら容易に崩れ、辺りには埃と風化し掛けた木片が宙に飛散した。
「きゃあぁあぁ!!!?」
「うわぁ!???」
部屋の隅に隠れていたであろう、2人の男女が叫び声を上げて飛び出してくる。
男は黒のポロシャツに”元”茶のスラックス、女は”元”ホワイトジャケットにデニムという服装で、2人とも服には至る所に土汚れが付いており、散々逃げ回っていたことがうかがい知れた。
そして至る所を切り裂かれたのか、彼らの衣類や床は朱く染め上がり濡れていた。
「こいつら、通報者の連れか」
正造がぼそりとつぶやく。その2人の年齢は若く、雰囲気から大学生であることが窺えた。
そして、通報者が大学生であったことからその2人が通報者の連れであることが推測できた。
「おい、お前ら。ここで何を見た? お前らの他に、何人がここに居る?」
正造は質問をするがその一組の男女は恐怖のあまりかガタガタと震えるばかりで、とても話が出来るような状態ではなかった。
正造はため息をつくと、そのまま2人を置いて部屋を出て行こうとする。だが、ガタガタと震えていた男の方が、正造のズボンにすがりつくようにして手を絡める。
「ま、待って、置いて行かないで……」
「……まだ、自分で動けるなら今すぐ山を下りろ」
「……こ、こんなところ来るんじゃなかった」
無言で震えていた女の方が、ゆっくりと口を開く。
両手で体を抱きしめるようにして、体の震えを押さえようとしていたが止まる様子はなかった。
「わ、私たち、ここに肝試しにきたの。ゆ、幽霊が出るって聞いたから……」
「ふむ、それで?」
「一階を見終わって、ヒロシが『地下室見つけたから、探検行こうぜ!』って……。 それで、遊び半分で入ったら、化け物が、ヒロシを……」
その女は錯乱したように、つらつらとこの廃ホテルに来てからこの隠れている部屋に至るまでの行動を泣きじゃくりながら話し続ける。
4人で冗談半分に来たこと、地下室で化け物に友人の彼氏が襲われたこと、助けを呼びに女の親友がホテルの外に出て行ったこと、その親友が廃ホテルを出てすぐに化け物が後を追っていったこと。
一通りその話を聞いて、正造はゆっくりと落ち着かせるように女の頭を撫でる。
「なあに、この後のことは心配するな。わしはその化け物を退治しに来たのよ。その逃げた友達も、捕まった男も助けてやるからな。 ……そう言えば、まだお前さんの名前を聞いてなかったな」
「わ、わたし、安藤 麻里《あんどう まり》って言います……」
皺だらけで、無骨な手の平でぐりぐりと麻里の頭を撫でながら正造は男の方にも目を向ける。
「で、兄ちゃん。お前さんの名前は?」
「……き、木村 浩二」
「アンタ、この娘の彼氏だろう? お前さんがしっかりしないでどうするんだ」
正造は軽く浩二の胸を小突く。
浩二は急に胸を小突かれたので、一瞬だけ驚いた表情を見せる。
「今ならここに隠れているよりか外に逃げた方が良いぞ。外にいた化け物は片付けたからな」
「え……?」
「今なら安全にお家に帰れるっていっとるんだ。1秒でも早くここから離れた方が生きて帰れるぞ」
そう言うと正造は麻里と浩二の腕を引っ張って立たせた後、半ば強引に廃ホテルの外へとたたき出す。
ジュリとジョンは何か言いたげな表情を見せていたが、口をつぐんでいた。
「きついだろうが、急げよ」
麻里と浩二は何度か正造たちの方に振り替えながらも、足早に森の中に消えていく。
それを見届けた後、正造は安心したような表情を見せる。
「すみません、なんでもう外に”ファリス”がもういないと?」
ジュリは疑問を正造へとぶつける。
その疑問をぶつけられた正造は、ゆっくりと口を開く。
「”ファリス”は優秀な狩人だ。だがジュリ、優秀な狩人の条件って何か知っているか?」
「そんなの、獲物をたくさん捕って来ることじゃ……?」
「それは違うな。優秀な狩人というのは、どんな状況でも生きて帰るヤツを指すんだよ。いくら獲物を捕まえても、自分が死んじまったら何の意味もないからな」
「それは分かりますけど、それがこれと何の関係が?」
「狩人たる”ファリス”を追い詰める獣が辺りにうろついていると知られれば、やつらは一旦外での狩りは止めるのさ。これは何回か奴等を相手にしていて分かったことなんだがな。それに見てみろ」
正造は床についた緑色の液体を指さす。
「”ワザ”と逃がしたヤツが、奴等の巣を教えてくれるのさ。今度は奴等に狩られる側の気分を味合わせてやる」
そう言うと正造は血の跡を追い始めるのであった。




