第14章-5 初心(ウブ)と少女とチェーンソー
藪から飛び出した怪異である”ファリス”。それは枯れ木の様な精気のないその腕とは違い、血色が良く妊婦のように脂肪がついた腹を揺らしながら正造に飛びかかる。
「じょcしうほfどいおれうh」
無くした腕先から黒に近い緑色の体液と涎らしきものを吐き出しながら、大きく咆吼
同時に藪の葉や枝をまき散らしながら、正造に向かってその巨大な体躯に似合わぬ俊敏さで飛びかかる。
正造は小型ダンプのように迫り来るファリスをまばたきもせずに捉え続ける。一個の弾丸の様に自身へと迫るその異形がぶつかろうとした瞬間、正造は手に持ったハチェットを後ろ手に構える。
一瞬だけその刃先を空中へと水平に止めると、その醜い脂肪が付いた脇腹へ刃先を半円に描きながらたたき込む。
「ういえrgほhしふgふぉsl」
嘶くファリスとハチェットの刃を水平に突き立てた正造が一瞬、交錯する。ハチェットの刃はファリスの血色の良い脂肪へとめり込み、緑の体液が霧吹きのように宙へと舞う。しかし、一個の弾丸となったその巨体の衝撃はハチェットの刃から、柄から、正造の腕へと伝わっていく。
そして次の瞬間には、ファリスにハチェット叩きつけた衝撃で地面を転がる正造の姿があった。右腕を腕を押さえ、のたうつ正造。一方でファリスの方は正造の後ろに生えていたブナの木をなぎ倒しながらつんのめるようにして倒れる。まるで、ブナの木を抱きしめるようにして倒れるような形となったファリス。正造がハチェットを食い込ませた脇腹の傷からは緑色の体液と黄色いつぶつぶの脂肪が地面へと滴っていた。
「お~、いてて」
正造はハチェットを杖の代わりにしながら、ゆっくりと地面から立ち上がる。そして、正造ファリスを一睨みすると、近くでつったっている状態で固まっているジョンを睨み付ける。
ファリスの異様さと不意を突かれたショックから、半ば放心状態でショットガンであるレミントンM870を構えていただけであったジョンが、夢から覚めたように妹であるジュリの元へと駆け寄る。
「おい! おい! ジュリ、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫よ、兄さん……。 それよりも、アイツは……?」
ジュリは兄に抱きかかえられる形で取れ伏したままのファリスへと意識を向ける。
ジョンも釣られるようにして、その巨大な化け物に視線を送る。動かなくなったファリスを警戒しながらも、ジョンとジュリはその異様に飲まれて動けなくなる。
「しdぷえhwるおいqhw」
突然、死んだように動かなかったファリスが、奇妙な咆吼を上げて立ち上がる。
そして、首だけ90度近く回して、まぶたのないその濁った白目で正造に敵意と悪意を宿しながらまた藪の中へと消えていったのであった。
ファリスが完全に消えるまで正造と雪江は身構えていたが、完全に気配が消えたことを確認してそれぞれの武器を下ろす。
そして、正造は抱きかかえられたまま固まっていたジュリの元へと歩み寄る。
「大丈夫か?
「ええ、足を引っ張ってしまってすみません」
「これから、あんな奴等の巣に飛び込むぞ? ……いけるか?」
「……はい」
正造はそのジュリの言葉を聞いて、二カッと笑うと頭をくしゃくしゃに撫でる。
なんともなしに気恥ずかしくなったのか、ジュリは少しだけ頬を染める。
「根性のある子はわしは好きだわ。ただ、ちっと武器が貧弱だがの」
正造はいつの間にか地面へと投げ捨てた茶色のトランクから、がさごそと色々なものを手にとっては戻す。
ネイルガン、リボルバー式の拳銃、メス、柄が折りたたまれたスレッジハンマー、小ぶりの鉈。そして、何かを思いついたかのようにトランクから機械部品を取り出すと、あっという間に組み立てる。
「これ、ちょっと重いかもしれんが」
ずしりと重い刃を回転させる野蛮なものが、正造からジュリへと手渡される。ジュリは両手で抱きしめるような形でそれを受け取る。
「わしからのプレゼント」
「……これ」
ジュリは胸に抱きかかえたものをに目を丸くする。
ぎらついた痛々しい刃、刃とエンジンを繋げる銀色のチェーン、外装の塗装は所々剥げているが丁寧に整備されたエンジン。
「わし、愛用の武器の1つよ」
正造からジュリへと手渡されたもの、それは燃えるように赤い塗装がされた一機のチェーンソーであった。




