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ママ  作者: 真田真
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バーバ


あの子はよくやってくれてると思う。



旦那と仲が悪くなったのは、いつの頃だったでしょうか……



みどりがまだ小学生で、姉のあの子が中学生になる頃だったと思うわ。



嫁姑の仲がうまくいかないというのはよくある話ですけど、10年くらい別居してるというのも変な話ですわね。



あの子は三人兄弟の真ん中で、二つ上に兄がいます。



旦那の家は旧家そのもので、もともとは農家なんでしょうけど、村というか……今は町ですけど、ダムと電力会社がやってきて、土地を持ってる人が潤ったのね。



ダムができて、もう40年以上になるけれど、町の有力者は大体が、電力会社の管理職のようになってしまって、うちの旦那もそんな仕事でした。



もちろん、見合でした。



最初は舅もいて、そんなに苦ではなかったんですよ。



畑ももっていて、舅も姑も元気だったから、二人で野菜を作って、あの人は公務員のような暮らしで、子供も普通にできて……



幸せな暮らしになるはずだった。お金もあったし。


狂ったのは舅が死んでから。



それが私たち家族にとって最悪に近づく引き金になりました。



畑も手放せばいいのに、何の意地を張る必要があるのか、畑仕事を続けようとする姑。



手がだんだん掛らなくなったとは言え、3人の子供を抱えている私が手伝わなければならなかった。



旦那は日中仕事行ってるし、本当ならばあの人が姑に言うべきだった、畑を手放さないまでも、誰かに貸して野菜でも何でも作ってもらえばいいのに、そうしなかった。



それどころか、私に、姑を大切にしろだなんて……



そこから結局嫁いびりが始まった。



重いものは全部私が持たなければいけない。


車の運転もしなければいけない。


だからと言ってお金がもらえるわけでもなく……


家で作る食事には文句を言われる。


たまに気まぐれで姑が食事を作って、私の食事とかぶってしまうと、私の料理を捨ててしまう。


子供の教育は自分の意見が正しいと思う。

これは、みどりと兄ちゃんにはうるさかったけど、真ん中のあの子に対しては、あまり言わなかった。


旦那には、何度も、別居したいと言いました。



もちろん姑とのことです。



答えはある程度わかっていました。



舅が死んでしまって、大きな屋敷と畑と姑を残して、別居できるわけがない。



老人ホームという選択はこの地方ではありえなかった。家と家族と先祖を守ってずっと生きていく。人間らしいと言えば人間らしい田舎でした。



話し合いの末、兄ちゃんは旦那のところに残り、あの子とみどりを連れて家をでることにしました。


離婚も考えたけど、旦那が憎いわけじゃなかったし……


全ての元凶はあの姑でした。



姑が死んだら、また家に戻れる。


まあ、このときは殺しても死なないと思えるくらい元気で憎たらしかった。


あれから10年たった今でも、変わらず元気に畑仕事をしている……らしい。


らしいというのは、家を出て以来、私とみどりは屋敷には足を踏み入れてないから。

みどりも私に負けず劣らず、姑のことが嫌いでした。



兄ちゃんには甘かった。



お菓子などをあげる時も、兄ちゃんには一番たくさんあげて、みどりには残ったかすみたいなものをあげていました。



私が3人とも公平にして、むしろ年長者に厳しく接しているのに、姑は基本的に男には甘く、女には厳しい人でした。



それは女性の何とも言えない……女性にしかわからない厭らしさがあるものでした。


真ん中のあの子に対しては……



どうだったでしょうか???



いじめもせず、かと言って甘やかしもせず……



私とみどりは、姑にいびりたおされていましたが、あの子はそうでもなかったと思います。


どちらかというと、甘やかしてるほうだと思いますが、それも、兄ちゃんのとは少し意味合いが違うような……よそよそしさを感じました。



とにかく、そんな具合だから、私とあの子とみどりの生活が、同じ地域の公団住宅で始まり、親子、夫婦が食事や行事で集まるのは、ほとんど旦那がこっちに車でやってきて、時には泊っていくこともあり、生活費をもらいながら続いていきました。


私も、しばらくはそうやって暮らしていましたが、娘たちがそれほど手がかからなくなると、介護の仕事をやりはじめました。




旦那には資産もあれば、十分すぎる収入もあったので、働く必要はなかったのですが、私自身、働くのが好きで、将来的には離婚するかもしれないという危機感を持っていたので、介護の資格をとりました。



あの子が中学から高校までは、週一回、もしくは2、3回旦那が迎えに来て、実家に行くようになりました。



あの子から言い出したことで、姑の足の具合が悪くなって、家事が休み休みでないとできなくなったので、週何度か、食事を作ったり、掃除をしたりと家事の手伝いに行くと言うものでした。



ソフトボールのクラブ活動に入っていて、試合のある日は一日中ではなくて、夜だけとかになったけれど、ほぼ、毎週何度か、実家で家事の手伝いをしていました。



姑も畑仕事をやめて、家事だけならなんとかこなせたものを、意地をはって、畑仕事をやめないものだから、家に帰ってきてからあまり動けなくなるありさまで、あの子が来ることを歓迎していました。



そこで、私やみどりの悪口をあの子が聞くこともあったでしょうが、あの子は家に帰ってきてから、姑の事に触れることはありませんでした。




高校を卒業すると保育専門学校に入りました。私の姿を見ているから福祉の仕事をしたいと、もともと言ってたのです。



私があの子に言うことは、もうあまりありませんでした。

だって、十分、やってくれていたから。


買いたいものも食べたいものも我慢して、私がいない時にみどりの面倒をみてくれました。


毎年、誕生日には少ないお小遣いから、プレゼントを買ってくれました。



18になると、富山のほとんどの子がそうするように、免許を取って運転するようになり、好きな時に実家に行って、家事の手伝いをするようになりました。


もうその頃にはみどりも高校生だったので、自由に正しく生活していました。



旦那はできるだけあの子に来てもらいたかったので、車のお金は出してくれましたが、そうしたがために、みどりが車買う時もださないといけないだろうと……複雑な気持ちで笑みを浮かべていましたが、親としては嬉しいようでした。



あの子は専門学校を卒業すると、保育所に勤め始めました。



近くには市営の保育所しかなく、定員がいっぱいだったので、正職員にはなれませんでした。


臨時の職員ということで、専門学校を卒業しても、不安定な給料になってしまいました。



ただ、あの子にとっては、そのほうが都合がよかったようです。



時間はそれなりに自由だし、お金が足りない分は、近くにあるホテルの配ぜんのアルバイトをして、自分の好きな物などは買っていました。



こういう暮らしで安定してバランスがとれてしまっていた変な家族でした



みどりも保母がやりたいのか老人ホームで働きたいのかわからないけれど、福祉専門学校に進みたいと言い出しました。



保母の需要より、これからは圧倒的に介護や老人ホームの仕事につくほうが多くなっていくのを見越してか、保母になりたいとは言いませんでした。



学費や入学金なんかは旦那が出してくれたから、みどりも適当にアルバイトをして、そんなに生活に困る暮らしではありませんでした。そんな折……。



あの子が働いて4年くらいたってから……。



好きな人ができたことと、お腹の中に赤ちゃんがいることを同時に聞いたので、私はショックをうけました。



その前に高校時代の彼氏が、卒業して東京に行くようになり、遠距離恋愛をしていることは認識していました。



その男の子は富山に帰ってくるたびに、家に遊びに来ていたし、紹介してくれたから、遠距離ながら安心していましたが、そういえば、最近、富山に帰ってきて家によらないと思っていたら、あの子がいつの間にか、新しい誰かと付き合っていたなんて……



しかも妊娠。



どこの誰かと聞いても、ホテルのアルバイトで一緒になった人で、4歳ほど年上、大阪生まれ……



それくらいしかしらないけれど、すごく優しい人。

話だけ聞いてると、完全にあの子が騙されているように思えました。



本当にどこの馬の骨かわからないような男でした。印象が悪すぎました



親としては、まず反対。



だって、相手の両親もいないって言うんですもの。



それも死別などではなく、お母さんは幼い頃に家を出て、行方知れず。父のみの片親で育てられ、そして高校中退で、家を飛び出して、それ以来一人で生活。


流れ流れて富山に来たけれど、正社員というわけではないらしい。



そんな男性に娘をやれるかしら。



とはいえ……


私も、あの子も、子供を堕ろすなんて考えられない。


でも、本当にこのまま結婚させていいものだろうか、迷いに迷いました。


ここまで、本当に素直に育ってくれ、わがままも言わず、みどりの世話、実家の世話、いろいろ苦労かけて、せめて結婚相手くらいには恵まれてほしかった。



お金持ちとは言わないけれど、もう人並みの苦労だけで済むように。


私のお乳を吸っていたころの可愛い赤ちゃんの頃ではないことは分かっています……。

そういえば、今、気づきましたが、あの子の赤ちゃんの頃の記憶が私にはありません。みどりの事は思い出せるのに。どうしてでしょうか?


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