ママ
【プロローグ ママ】
かつき……
かつき……
もう、おっきしよ。
雪が降ってるわよ。
(ママのこえがきこえます)
かつき……
(ぼくはもうすこしねていたいのだ)
かつき……大好きなプリンあるわよ
(プリン!!)
かつき、やっとおきたわね。
(ママ)
さあ、おっきしてプリン食べよ。
(うん)
ベッドから出てね。
(はーい)
お着替えするよ。
(うん)
かつき、ほら窓の外見て!!
雪、たくさん降ってるわよ。
クリスマスは全然、降らなかったものね。
(ママ、寒いよー)
ごめん、ごめん、窓閉めるね。
あら、顔に雪がついちゃったわね。払ってあげるよ。
ほら……きれいになった。
顔が冷たくなってるわ。しばらくこうして暖めてあげるね。
(ママ)
なーに?
(パパはいつかえってくるの?)
パパはねえ……
この前まで正月だったでしょ。
(おしょうがつ……うん)
かつきの誕生日が三月。
(おたんじょうび……)
その前には帰ってくるとおもうけどねえ。
パパの事だからわからないわ。
東京ってとこに行ってるのよ。
かつきが住んでるのは富山県。
(とやまけん……)
東京って、遠いところなのよ。
かつきの言葉に、私はどきっとした。
時々、澄んだ目で私を見つめ、何の悪気もない質問を投げかけてくる。
そういう時、我が子ながら、憎らしく、恨めしく、自分の息子に思う感情としては似つかわしくない、複雑な思いを持ってしまう。
まあ。仕方のないことだ。
かつきがあの人のことを疑問に思う気持ちもわかる。
昨年の夏前から、急に東京に転勤に近い出張に行くと言って出て行ってしまった。
出張にしては長く、転勤と言うには、一年以内に帰って来るというから、仕事内容とか、詳しいことは何も聞かなかった。
ただ、かつきにとってはパパなのだ。
ホテルマンなので仕事は不規則、帰りも昼に出て行って、夜遅い日々が、永久に続くような暮らし。
休みの日には、かつきと一緒に風呂に入ってくれて、それなりに遊んでくれるパパなのだ。私みたいに、あれをするな、これをするな……とがみがみ言わないパパなのだ。
おむつの替え方も教えたけど、一回も替えてくれることのない。
近所付き合いも積極的にしてくれない。
夫としては扱いにくいけれど、かつきにとってはたった一人のパパなのだ。
いっそ、何もわからないうちに消えてくれればよかったのに、中途半端にしゃべれるくらいになってから、ふいっといなくなってしまったら、あとに残された私が、説明に困ってしまう。
私、自身はあの人がいなくても、何にも困らないし、寂しくもない。
そもそも東京に行った理由も怪しい。
私は知っている。
あの人に愛人がいたことを。
結婚する前から悪い噂は聞いていた。特別、男前でもなく、かといって資産家でもないのに、適当に女性にはもてていた。
私自身、保母の資格は持っているけれど、臨時でしか仕事がなかったので、時々、ホテルにアルバイトをしに行って、あの人と知り合ったのだ。
社交性に富んで、会話も上手。
今まで、知り合った男の人にはない優しさを味わった。
誕生日や記念日には、プレゼントをくれる。
そういう部分ではこまめだった。
遊ぶには良かったのだが……
いざ、結婚が決まると、周りの友人や、あの人を知っているホテルの人たちがいろいろ言ってくる。
特に多いのが女性の話と、借金の話だ。
借金に関しては、結婚前にあの人から切り出された。
結婚を躊躇していたのは、あの人のほうだった。
その言い訳に、消費者金融に借金があるということだった。私に対する、プレゼントやデート代、食事代など、借金してまかなっていたらしい。
私のお腹の中にはかつきがいたし、今更、借金があるから……などと結婚を躊躇されても、私も困るというものだ。
確かに、知り合って、すぐに子供ができて、半年くらいで結婚なんて、世間体を考えると、あまり喜ばれたものではない。
父は別居していてすぐには話せなかったが、母にそのことを話した時も、あまりいい顔はしなかった。
それでも私は、あの人と結婚する理由があるので、半ば強引に話を進めていって、結婚へと持ち込んだのだ。
短期間だけど観察していた。
私はあの人を観察していた。
そして、結婚するに足りうる理由を見つけたのだ。
そう、私はあの人と結婚する理由があった。
あの人と結婚する理由があった。
かつきのため……??
もちろん、かつきが生まれてきたことは私にとって、何よりもかけがえのない、素晴らしい出来事だ。
同時に命の砂時計をひっくり返されたような気もする。
私はあの人を観察していた。
一般的に、じっくりという期間ではないかもしれないけれど、私にとっては十分な機関だった。
私の中ではほぼ計画的に身ごもったのだ。
だから、あの人を知る、周りの友人から女性関係のことを知らされてても、表面上は驚いたふりをしていたが、実はそうでもなかった。
豪華でもないけれど、友人含めて100人以上集めた会費制の結婚披露宴。
その中にあの人と関係をもっていた女性が5人ほどいたこと。
そして、今でも何人かと関係をもっていること。
かつきを身ごもっている時、違うホテルに転職するとき、一番つなぎとめておきたかった愛人を一緒に連れて行ったこと。
転職直前、研修で東京に行くといって2週間程いなかったが、東京にではなく、愛人と一緒に沖縄で遊んでいたこと。このときはご丁寧に、羽田経由で東京土産買ってきた。
そして、今回の東京出張……
東京で仕事しているのは本当のことだ。
ただ、どうやら、職場の愛人にふられて、今の職場にいづらくなって、東京の本社みたいなところに、自ら出向願いをだして、自分で東京に行ったらしい。
私には、会社から急に言われて……などと言っていたが、あの人の浅はかな嘘は私にはすぐにわかる。
それくらい、私はあの人のことをわかっている。
あの人がどんな嘘をつこうが、私はだまされたふりをしている。
ずっと、ずっと観察してきた。
来たる日のために。
罠を仕掛けて、仕掛けて、2重にも3重にも、あの人の心と行動を、私の希望する通りになるように。
どちらにしても時間がない。
私にもかつきにも。
あの人にも……
来たる日はもう、すぐそこまで来ている。
もう一度言う。私はあの人を観察してきた。




