プロローグ
初投稿です。
よろしくお願いいたします
染料が、頭皮に沁みていた。
ひりつく痛みに、少女は眉ひとつ動かさなかった。
「もう少しですからね」
背後から、老女の声がする。
白い髪を掻き分け、櫛で細い束をすくい上げる。
そのたびに、粘り気のある黒い液が根元へと塗り込まれていく。
鼻を刺すような悪臭が、狭い部屋にこもっていた。
魔力石を削り、薬草とともに煮詰めたその液体は、硫黄のように鋭く、息をするだけで喉の奥まで焼けるような臭いがした。
少女は目を閉じた。
ーー痛い、と言ってはいけない。
ーー苦しい、と言ってはいけない。
ーー嫌だ、と言ってはいけない。
それくらいのことは、もう、生まれてからずっと教え込まれている。
「殿下、少し頭をこちらへ」
「……はい」
言われるままに首を傾ける。
老女の指が、髪を分ける。白い根元が露わになる。
雪のように白い髪。
この国では、それだけで罪だった。
高貴なる王族の血を引いて生まれた少女が、白い髪であっていいわけがなかった。
呪われた子。
不吉の証。
王家の恥。
王女であることを忘れさせるほどの言葉を、少女は何度も浴びせられてきた。
だから毎朝、黒くする。
一本残らず。
黒髪でさえあれば、彼女は王族としてそこに存在することができ、「白の無能」として公式に排除されることはないからだ。
黒髪でさえあれば、王族は黒き伝統を守り続ける為政者として君臨できるからだ。
「……熱くありませんか」
老女が尋ねた。
「大丈夫です」
嘘だった。
頭皮はじくじくと、火を押し当てられているように熱い。
目の奥まで痛む。それでも少女は微笑んだ。
鏡の中では、白かった髪が少しずつ、濁った黒に覆われていく。
その鏡を支えているのも、髪を染めているのも、彼女が生まれたその日から傍にいる、たった一人の侍女だった。
名を呼ぶことさえ許されないほど身分の低い、年老いた平民。
食事を運ぶのも彼女。
衣服を整えるのも彼女。
少女の髪を毎朝黒く塗り潰すのも彼女。
そして――少女が何を食べ、何を話し、どんな顔をしていたのか。
そのすべてを国王へ報告するのも、彼女の役目だった。
「殿下」
「はい」
「今日も、よく我慢なさいましたね」
老侍女の手が止まる。
最後に残ったこめかみの白が、黒く塗り潰された。
少女は鏡の中の自分を見つめた。
黒く染められた髪。
穏やかに微笑む顔。
どこから見ても、王族の血を継いだ黒髪の少女だった。
ただ、その黒髪の下で、皮膚だけが赤く爛れていた。




