暴走二十二話
木曽福島城を囲む御子神たちだが、すっかり季節は冬になってしまった。飯田城からの補給線が繋がっているとはいえこんなところにこれ以上長居はしたくない。
高原諏訪城からの援軍を期待していた水野勝成だったが、何も起きず。
「もはや、これまで。水野殿、ここらで里見軍と交渉を‥」
酒井重忠が交渉役を買って出た。
重忠は分厚い毛皮を肩に掛け、白く凍った息を吐いた。木曽福島城は、まるで氷の棺に閉じ込められたようだった。
「交渉だと?相手が理屈で動く連中なら苦労はせん」
勝成が吐き捨てるように言い、焚き火に薪をくべた。
「だが、もはや兵糧は10日ももたぬ。道も雪に閉ざされつつある。戦う気概はあれど、腹が鳴っては勝てん」
重忠は静かに言い、手綱を引いた。馬の鼻息も白い。
「それでは。お達者で」
「……本気か?」
「こういう時こそ、武士の値打ちが問われる。降るにせよ、和すにせよ、相手の目を見て決める」
勝成はしばし黙した。火がぱちぱちと燃える。外では吹雪の気配が強まり、冷たい風が忍び込む。
「……いいだろう。だが、失敗したと判断したら突撃する。」
「承知」
重忠はわずか五騎を連れて御子神の陣へ向かった。雪を踏む音が、死地へ赴く行進のように響いた。
その夜。
戻ってきたのは、馬だけだった。馬体は恐怖に震えていた。
「……奴らめ、交渉の余地もなく斬ったか‥?!」
その瞬間、吹雪の向こうから、かすかな鬨の声が響いた。
勝成は立ち上がり、刀を抜いた。
「ならば里見共の血をバキバキに凍らせてやるか」
お外は、白き地獄‥!




