溺愛されているようです
夜風に自身の美しい紫紺の髪を靡かせながら、グレイルは不敵に微笑む。
「そこまで言うなら、不正なんてしていないと証明してみればいい。公正を期すために、来週予定していた試験問題はイチから作りなおさせて、君の周囲にだけ監督官が4人つくように手配をしよう」
「は?」
「真に実力があるなら問題ないはずだろう?」
「それは……そうですけど……」
淡々と話すグレイルに対して、しどろもどろになったレイラは桃色の瞳を忙しなく泳がせている。
「勿論、今まで通り君の質問には答えてあげるよ。何故だか君に質問を受けた問題は試験に出る確率が高いって評判だしね」
「こ、今回は勘が鈍るかもしれません! それに監督官が4人もついたら、緊張して実力が出せなさそうですし」
「勘だけで毎回2位になれる程、あの学園の試験が甘くないこと位知ってるでしょ? 緊張はするかもしれないけれど、試験で不正なんて不名誉な汚名が晴らせるんだ。そのくらい甘んじて受けないと」
「で、でも……」
「ある国の令嬢は下位貴族だったけれど、その国の最高学府で入学から卒業まで学年首位をキープしたおかげで、王子妃になったそうだよ」
グレイルのその言葉に、レイラの瞳が怪しく光る。
「では、カンニングの嫌疑が晴れれば私も……!」
そう呟いて、怖い位に口角を上げたレイラは「用事を思い出した」と言って、庭園から駆け去って行った。
そんなレイラの去った方向に向かって、グレイルが嘲るように呟く。
「尤も我が国で王子妃になろうと思ったら、兄上の所の8歳になる双子ちゃんと結婚するしかないんだけれどね。二番目の兄上は公爵になられたし、私も臣籍降下が決まってる。まさかこんな周知の事実を知らないなんて、ないだろうしね。ふぅ、これでやっとセラフィーナに対する数々の非礼の仕返しができそうかな」
酷く小さく呟かれた言葉はセラフィーナの耳には届かなかったようで、レイラとのやり取りを呆気に取られたように見ていた彼女の腰を、グレイルが改めて抱きなおし顔を近づける。
「私がレイラ嬢に見惚れていると思われていたなんて心外だな。私の瞳に映るのはいつだってセラフィーナだけだし、私の頭の中はいつだってセラフィーナでいっぱいだというのに。
何度でも言うよ、私の婚約者はセラフィーナだ。君以外と結婚するつもりはないし、婚約破棄なんて死んでも言わないし、もう二度と言わせないからね」
「ひゃい!」
正面からゼロ距離で見せつけられた強烈なグレイルの色香に、セラフィーナは間抜けな声を上げてしまう。
バツが悪そうに口を押さえたセラフィーナに、グレイルはパチパチと瞬きをすると可笑しそうに笑いだす。
始めはむくれていたセラフィーナもやがてそれに釣られて笑いだし、満天の星の下、避けていた10日間の時間を取り戻すようにグレイルに擦り寄った。
そのまま庭園で星を眺め夜会会場へ戻らなかった二人は、娘を探していたセラフィーナの父であるスターツ公爵に見つかり、こっぴどく叱られるハメになったのだった。
学園での試験が終わり、貼り出されたレイラの順位は最下位だった。
試験を受けたわけではなく、深夜に職員室へ忍び込んだ所を待ち構えていた教師達に捕縛されたため、試験を受けられなかったせいだ。
レイラは毎回試験の度にそうやって試験問題を盗んでは、成績優秀な者達に質問と称して解答を聞き出していたらしい。
当然レイラは学園を退学になったが、不正という不名誉な噂は社交界でも広がり、キンブリー子爵家は嘲笑の的になっていて、羽振りの良かった事業も方々で手を引かれている。
レイラは元々遠国の親戚からキンブリー子爵家の養女となったようで、見目の良い彼女が高位貴族を篭絡することに期待していた子爵は、彼女のせいで自身が被った損害に目を剥き、レイラを娼館に売り払おうかと思案しているらしい。
「たかが試験の不正で退学は厳しいと言う輩もいるけれど、この学園は近隣国ではトップレベルの難関校として有名で、ここの試験で10位前後を取得していれば他国では即高官になれる位のレベルなんだよ。そんな学園で、信用問題になる不正を許すはずないでしょ? セラフィーナはぼんやりしているから気づいてなかったかもしれないけれど、試験である一定の成績をとっていないと、すぐに退学になる位だしね。私はレイラ嬢の試験での優秀な成績と生徒会での杜撰な仕事ぶりが、どうにもかけ離れていたから調べていたんだ」
セラフィーナの作ったブルーベリーチーズケーキを美味しそうに食べながら、グレイルは生徒会の書類に目を通しつつ、そう説明した。
事の顛末を知ったセラフィーナは、ただただ唖然とするばかりだった。
そんなセラフィーナが座っているのはグレイルの膝の上である。
あの夜会の日以来、グレイルはそれまでのセラフィーナよりも数倍、いや、数十倍もの激甘独占執着心を前面に出してくるようになっていた。
「セラフィーナには私がどれだけ君を好きなのか、解らせる必要があるみたいだからね」
満面の笑みを浮かべてそう言い放ったグレイルに、セラフィーナは返す言葉もなかった。
自分だって愛情を疑われたら悲しいのだからと言い聞かせ、セラフィーナは日々羞恥心と戦っている。
でも、内心はかなり嬉しかったりもして乙女心は複雑だなとセラフィーナが他人事のように考えていると、ケーキを食べ終え書類を机に置いたグレイルに頬を突つかれる。
「それから私はレイラ嬢に気がある素振りなんてしたつもりはないから。不正の調査のために無下にしなかっただけで、セラフィーナとの間に頻繁に割り込んでくる彼女は、むしろ大変不快だった。けれど、正直、嫉妬してくれてたのは少し嬉しかったんだ。でも、そのせいでセラフィーナが勘違いしたまま婚約破棄なんてなっていたら、今頃彼女の命はなかっただろうね」
「すみません……」(勘違いで一生後悔するところだったわ! 危なかったー!)
素直に謝罪し胸を撫でおろすセラフィーナの頬を撫でていたグレイルの指が、鉄紺色の髪へ矛先を変える。
優しく髪を梳られながら、セラフィーナは小さく溜息を吐いて微笑んだ。
「噂で聞いたどこかの国の公爵令嬢のように、婚約破棄されなくて本当に良かったです」
セラフィーナの言葉に、髪を指で弄び始めたグレイルが手を止めて薄く笑う。
「あぁ、その婚約破棄騒動の話だけれどね、かの国の王子は執務をする能力が無かったから、自らの身代わりとして下位貴族の令嬢を王子妃にしたそうだよ。王子が公爵令嬢と婚約破棄をしたのは、彼女を王子妃として扱わず、執務をしなくていい愛妾として離宮に閉じ込めるためだったらしい。そのまま王子自身も病弱と称して離宮に籠り、執務にも妃にも一切見向きもせず、自身が唯一愛した公爵令嬢との蜜月を謳歌しているんだって。真実の愛のためには、下位貴族の令嬢を利用したって仕方がないって話なんだけど、その王子は随分と腹黒い人間だよね」
そう言って笑ったグレイルの顔は窓から射しこんだ夕日に少し影っていて、セラフィーナは瞳を凝らしたが、近づいてきた紫紺色の髪に促され瞼を閉じる。
瞳を閉じて甘い口づけに翻弄されるセラフィーナを映しながら、グレイルは浅葱色の瞳をゆっくりと細めた。
ライナス「あんなに独占欲丸出しの殿下に気づかないなんて、セラフィーナ姉さまってどんだけ鈍いんだよぉぉぉ! もうマジで殿下に嫉妬で殺されるかと思った! 誤解が解けて本当に良かったぁぁぁ!」
最後までご高覧いただきまして、ありがとうございました。