研究所にて
「明日、桜ちゃんが最初にこの世界に現れた場所、瘴気の森に行きましょう」
研究所に戻ってきて、一言目にサマーが言った。
「はい」
「我も構わんぞ」
桜は、はやる気持ちを抑えながら返事をした。
メロスにとっては、桜さえいいのであれば、いつでもいい。
サマーは2人の返事によかったと笑った。
「僕もご一緒していいかな?」
高めの声が研究室に響く。
3人は身構えながら、声のした机の方を見た。
そこには、10センチくらいの大きさの少女がいた。小さな可愛い女の子だが、体のバランス的には、16歳くらいに見える。もちろん160センチくらいに拡大すれば、だが。
今の瞬間まで、3人はまったく気がつくことができなかった。
「何者だ」
メロスが少女に尋ねる。
「小人?
すっごい可愛い」
桜は目を輝かせて呟いた。
「気をつけろ、桜。
奴が声を出す瞬間まで、全く気配がなかった。瞬間移動を使うのかもしれん」
メロスが鋭く警告する。
「まさか、貴方がここに来るとは思わなかったわ」
サマーが桜を隠すように、前に出た。
「君たちには、僕の部下が世話になったらしいからね。
上司として、お礼をしないわけにはいかないだろ?」
小さな少女から、同じ顔のより小さな少女が、たくさん湧き出てくる。
その数が増えるほど、少女は小さくなっていく。
「分裂?」
「ええ、そういう力よ。
アメーバーみたいな」
サマーが桜の呟きに答えた。
「もう少し、可愛い言い方にしてくれないかな?
アメーバーはあんまりでしょ」
同じ顔をした少女たちが苦笑した。
「あなたでもそういうのを気にするのね。
任命官のNo.4なんて、化け物の代名詞でしょうに」
「やたらと敵対的だね。
僕は別に、戦いに来たんじゃないんだよ?」
「あら、それなら何しに来たのかしら?」
「お礼だって言ったでしょ。
まあ、ついでに、君たちが迷宮から持ち帰った物を、正当な価格で買い取ろうとは思っているけどね。
大人しく売ってくれないかな?」
「なんの話かしら?」
サマーがとぼける。
「うーん。
普通に考えて、その惚け方は無茶じゃない?
もし何もなければ、僕の部下を捨てて帰るなんてしないでしょ?」
少女が笑った。
「ふふふ、邪魔だから捨てて来ただけよ。
特に理由はないわ」
「その方が問題な気もするけど、ね。
まあ、今はそういうことにしてあげるよ。じゃあ、また」
相当な数に増えていた少女が集まっていき、元の10センチほどの大きさに戻った。
「素直に帰るのね」
「鎌かけてダメなら、諦めるよ。
僕は強盗じゃないんだから。
あっ、そういえばそこの筋肉さんと、お嬢ちゃんは僕の名前は知らないよね。
一応名乗ってから帰ろうか。また会うだろうし。
僕はリューズ。忘れないでね」
そう言い残し、彼女は窓を開けて外へと飛び出した。
「なんだったの、あの子」
桜が口を開いた瞬間、サマーが黙るようにジェスチャーをする。
「メロス。さっき、女の子が分裂してたでしょ。そこらへんに残ってない?
調べてみて」
「我の感知できる範囲ではいないな」
「私が感知できる範囲でもいないけど、厄介ね。
きっと何かしらの仕込みはしているでしょう。
それとも、そう思わせることが狙いかしら」
思案するように、サマーは下を向いた。
「どうする?」
メロスの問いかけを、耳元に口を寄せて、サマーは答えた。
「……メロス、あなた迷宮で、人形だけを吹き飛ばしてたわよね?
同じように、この部屋の私と桜ちゃん、あなた以外のものを全て吹き飛ばしてくれないかしら」
「構わんが、いいのか?」
メロスもサマーに顔を近づけて小さな声で答えた。
桜はその様子を、顔だけは映えているなと、残念そうに見ていた。
メロスの凄まじい筋肉が、ドラマのような光景を凄まじく邪魔している。
「お願いするわ」
「わかった」
ハッと、メロスが気合を入れる。
部屋にあったものが全て、壁を破壊して外に消えた。
「……サマーさん、いいんですか?」
「……ええ」
少し浮かない顔をしながら、サマーは頷いた。そしてサマーが軽く手を振ると、半透明な壁が部屋を覆う。
「とりあえず、これ以上できることはないわ。今日はもう休みましょ」
そしてその日の夜。
桜は森の匂いで目を覚ました。
「目が覚めたか?」
「ぐっすり眠ってたわね」
メロスの隣をいるサマーが、桜に微笑みかけた。
桜は、メロスにお姫様だっこされている。
「ごめん、ちょっと状況が飲み込めない」
「変な横槍の入らない内に、さっさと終わらせようと思ったの。
ここがどこかは、私よりも桜ちゃんの方が知ってるでしょ?」
桜はメロスに抱えられたまま、辺りを見回して気がついた。
神殿がある。メロスお手製のやつだ。
どうやら瘴気の森にいるらしい。
「なんで?」
桜は起きたばかりで働かない頭で尋ねた。
「やりましょうか」
「何をですか?」
「寝ぼけているの?
これよ」
サマーが手のひらを見せた。その手には、小さな黒い石がある。
「なんだ、やっぱり持ってるんだね。体中を調べても見つからないから、本当に持ってないのかと思っちゃったよ」
昨日の小さな少女、リュースの声が響いた。
桜は驚愕しているが、メロスとサマーは平然としている。
「ここまでついてくるなんて、根負けしたわ。仕方ないから売ってあげる」
「やけに素直だね。ま、いいけど。
とりあえず、確認させてもらうね」
小指ほどの大きさのリュースが、小石の前に一瞬で現れた。
そしてリュースは小石に触れた。
「これは……、ただの宝石だね。
どういうつもり?
僕をこんなもので騙せるなんて、そんなこと考えてないでしょ」
リュースが笑った。それにサマーは笑い返す。
「騙すも何も、私はその宝石を加工して、桜ちゃんに贈ろうとしただけよ。
ここには、そのための材料を取りにきたの。
なにか問題でもあるかしら」
リュースは不思議そうに首をかしげる。
「無駄だと思わない?
僕はいつでも君たちの様子を見れるし、こうして好きな時に現れることもできる。
どんなに隠そうとしても無理だよ。
大人しく僕に渡しといた方がいい。
僕が、買い取るって言ってる内にね」
リュースがどんどん分裂していく。
「あら、それでどうするのかしら?
言ったはずよ、私はまったく心当たりがないわ。
そこまで気になるなら、あなたも来ればいいじゃない。
いまから神殿の中に入るから」
無数のリュースは一斉に首を振った。
「まあいいや。そうさせてもらうよ」
「仕方がない、特別だぞ」
メロスがやれやれと肩をすくめる。
桜はまったく展開についていけてないが、そういうものと諦めた。よくわからないことには、メロスで慣れている。
メロスを先頭に、神殿の中に入ると、サマーの目の前に小さな穴が空いた。人差し指がかろうじて入るくらいの大きさだ。
そして、すぐに閉じた。
「さて、どうなるかしら?」
「なっ?
まさか、異世界の扉?
魔結晶を使ったのか……。
なんて勿体ないことを」
リューズは憤慨した。
それをサマーが鼻で笑う。
「もう魔結晶は使い切ったわ。一欠片も残ってないから、大人しく帰ったら?」
「何をしたんだい?
貴重な魔結晶を無駄にした、そんなわけではないだろう。
何を考えているんだ?
まさか、異世界への扉を探している、のか?」
「ええ、そのまさかよ。
まさか、ここまでエネルギー消費が激しいとは思わなかったけどね。
やっぱり古い未踏破の迷宮に行く必要がありそう」
サマーはリューズに笑いかけた。




