メロスは動き出した。
「逃げられると思う?
通路はもう塞いじゃったよ」
エリザベートの言葉通り、通路は消えいた。
しかも、光に覆われた元冒険者たちが邪魔で、通路があった場所にすら行けない。
「サマー先生。通路を作ることはできますか?」
「無理ね。
空間を歪める形じゃなく、壁そのものが通路を塞いでいるもの。
空間魔法でどうにかできる距離じゃないわ」
ジナードが一縷の望みをかけて尋ねたが、サマーの答えは芳しくない。
その会話を聞いて笑っていたエリザベートが、片手を上げた。
「1番最初に正体を見せるのは、私って決めてたんだ。
だからもう、隠す必要はないよね。
ふふふ、驚いてくれると嬉しいな。
人形たち、邪魔な光を吹き飛ばして」
エリザベートが命令すると、冒険者たちを覆っていた光が吹き飛んだ。
光の中から現れた人形たちは、原型を留めていなかった。
人形は、光を纏った短く太い、銀色の触手を生やしている。
「気持ち悪っ」
そう呟いて、桜が突風を放った。しかし、人形の触手が細長く伸びて地面に突き刺さり、ほとんどその場から動かない。
そして、人形の触手に、サボテンみたいな針が生えた。その針は、桜たち目掛けて、一斉に発射される。
「ではそろそろ、我が筋肉を見せる時か」
メロスが静かに呟くと、「ハッ」と気合を入れて筋肉をさらに膨らませた。
衝撃波が針と冒険者、エリザベートを吹き飛ばす。
根のように触手を張っている地面も一緒に吹き飛んでいて、爆発が起こったように地面がえぐれている。
砂埃が舞い、エリザベートや人形たちの姿は覆い隠された。
「やっぱりおかしいわね。
筋肉がそんな風に膨張するのもおかしいし、仮に、膨張する速度で衝撃波を起こせるとしても、私たちには影響がなくて、私たちの後ろにあった物は吹き飛ばすって、どういう理屈よ」
サマーが理解できないと、かぶりを振る。
「サマーさん。
学者は認めにくいかもしれませんけど、”メロスだから”で片付けた方が楽になると思いますよ」
桜が達観した目でサマーさんの肩に手を置いた。
「迷宮の壁や地面を傷つけるには、空間系の力か重力系の力が必要なはずなのよ。
それなのに、衝撃波で捲れるって、どういうこと?」
サマーは、未だに理解することを諦めず、桜に尋ねた。
「えっ、でも、人形たちは、触手で地面を貫いているじゃないですか?」
桜が不思議に思って聞く。
「エリザベートが、迷宮の壁を操ったでしょ。地面も同じように操ったとしたら、説明はつくわ。
でも、メロスは意味がわからない……」
「エルフの兄さん……。そんなことができるなら、早めにやってくれると助かったんですが」
ジナードが今までの努力は、なんだったんだと思って呟いた。
「うむ、だが少女にしか見えない奴を、我が殴るのは、良くない噂が立ちそうだろう?
布教活動に悪影響だと思ってな。
手を出すのは控えていたんだ」
メロスの言葉で、4人がイメージした映像は、悲惨だった。
少女にしか見えないエリザベートを、筋肉ダルマがタコ殴りするのは、たしかにヤバい。
かなりの凶悪犯罪のように思える。
そこまで想像して、4人はコメントをしなかった。
「しかし、そうも言ってられない状況のようだからな。
我がやる。
あれが気絶するのか、しないのか。
締め上げるのも、殴りかかるのも、イマイチではあるが」
メロスは、エリザベートの吹き飛んで行った先を見つめている。
いまだ、砂埃は舞い続けていた。
「その口ぶりからすると、エリザベートはまだ動けるんですかい?」
ジナードが尋ねた瞬間、砂埃の中から凄まじいエネルギー波が、メロス目掛けて飛んできた。
「ふんっ」
メロスが気合をいれて拳を突き出し、エネルギー波を迎え撃つ。
繰り出した拳から、衝撃波がエネルギー波を相殺した。
そして、砂埃の中から、エリザベートが現れる。
その両手は、4本の棒と赤い球体へ変形していた。
「うーん、手加減しすぎちゃったかな。
丈夫みたいだし、もう少し強く撃っても、どこかしら残るよね?
できれば、全身を人形にしてあげたいからさ。頑張ってね」
エリザベートがさっきよりもエネルギーを込めて、撃つ。
メロスは放たれたエネルギー波に、自分から突っ込んだ。
メロスは難なくエネルギーを消し飛ばし、そのまま、エリザベートへと肉薄する。
エリザベートは口を大きく開けた。その口の中から銃口が現れる。
メロスは銃口の発射口を、片手で塞ぎながら抑えた。
そして、そのまま上へと持ち上げる。
持ち上げられたエリザベートはびっくりしつつも、銃口から全力のエネルギー波を放った。
「効かんな」
メロスはかすり傷すら付かず、完全に手で防ぎきった。
メロスは掴んだ手を、グルグル回し出す。
「これで気絶してくれればいいのだが」
メロスはこの世を憂いるように、呟く。
腕やエリザベートが、ブンブン音を立て出した。
「あの回されてるの、エリザベートですよね。
俺の目には、ピンクと金色の何かがあることしかわからないんですが。
エルフの兄さんの手も、メチャクチャ太い、白い棒みたいになってますし」
ジナードがボソッと言った。
「そうよね、私にもそう見えるわ」
「私もです」
「……」
「道具って、気絶するんですか?」
桜が疑問を口にする。
「さあ? 意思ある道具そのものが、とてもレアだから。
私でもわからないわ」
「俺もわかりませんね。
なにせ、捕獲、いや、鹵獲したことがないもんで。
お答えしかねます」
「そうなんですか。
じゃあ、メロスはいつあれを止めるんですか?」
「1番付き合いの長い、桜ちゃんでもわからないなら、私にわかるわけないでしょ」
メロスは未だに回し続けていた。
「……そうだ、私の世界に、ブンブン独楽って言う玩具があるんですよ。
こう、グルグル回って、模様が変わるんです。
音がブンブンなって」
「何故か見たことない物なのに、すごく想像できるわ」
「俺もです」
メロスが回す速度はどんどん早くなり、バンっと大きな音を立てると、音が一切ならなくなった。
「死んだかな?」
「死んだ、ってのはおかしいですよ。
あれは道具ですから。そもそも生きてません」
「そうね、私もそう考えた方が幸せだと思うわ」
メロスが怪訝な顔をして、ぶん回す手を止めた。
力なく落ちてきたのは、よく見るとエリザベートではなかった。
エリザベートによく似た人形に入れ替わっていたようだ。
メロスが掴む銃口を噛み砕いて、人形が口を動かした。
「すごいね、エルフさん。
まさか、この体がダメになるとは思わなかったよ。
今回は退いてあげる。
また遊びましょう」
エリザベートの声が大きく響く。
「逃げたってこと?」
桜が驚いたように呟く。
桜の呟きには答えず、声は話し続ける。
「あっ、そうだ。
この層から出られなくても、必ず人形にするから、絶対遊べるよ。安心して。
もしもあなたたちがここから出れたら、もう少し楽しい人形を連れて遊びにいくね。だから、私の知らない所で死ぬのだけはダメだよ。
じゃあね」
不気味な言葉を残して、声は消えた。
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