チンピラが現れた(2回目)
「入り口はあんなに賑わっていたのに、中には人がいないんですね」
暗い入り口を抜けて、薄暗い石の通路を歩きながら、桜が言った。
「迷宮は空間が歪むから、3分くらい入るのがずれれば、別の場所に出るわ。その歪むタイミングで入ったのよ。
だから、前には人がいる可能性は低いわ。それなりに広い迷宮だからね」
「じゃあ、地図とかってないんですか?」
「ええ、迷宮の中も結構変わるから。
よくある怪談話として、永遠に外に出れないで彷徨っている冒険者の話があるけど、聞く?」
悪戯っぽい笑顔を見せるサマーに、桜は黙って首を振る。
メロスは、この壁、筋肉で殴れば、壊れるんじゃないかと真剣に考えていた。
サマーが桜の反応を見て、少しつまらなさそうに息を吐く。
「それなりに面白い話なのに。
……まあいいわ。
迷宮の入り口は、大体、地下1階の階層に出るの。だけど運が悪いと、深い階層に出てしまうこともあるのよ。今の私たちにとっては、そっちの方が都合がいいけどね。
ちなみに、切り替わった瞬間に入ったから、他の人に出会う確率は低いと思うわ。
ただ、私達を追って来た人たちは巻けなかったけどね」
さらっと、重大なことを告げつつ、サマーが肩をすくめた。
「うむ、研究所を出た時から、2人付いて来ているな。
そして、広場でさらに4人増えた」
「えっ?」
桜が驚きながら、魔法を使った。
感覚を強化する魔法だ。
そうすると、4人ほどの足音が聞こえた。
「4人くらいいるのはわかったけど、他にもいるの?」
「ええ。
多分、任命官よ。
途中で増えた4人には、心当たりはないけど、何かしらね。
ハンドサインでしか会話してないから、わからないわ」
「なんで、ハンドサインをしてるなんてわかるんですか?」
「質量のあるものは、空間を歪めるの。
それを感知すれば、空間に存在するものは把握できるわ。
まあ、物凄く小さな歪みだし、さっきも言ったように、迷宮そのものも空間を捻じ曲げるから、そこまで当てにはできないけど」
「すごいですね、空間魔法って」
桜が驚いていると、メロスが口を開いた。
「桜、追って来ている内の3人は、お前も知っている奴らだぞ」
「えっ?」
桜のこの世界の知り合いは、ミリーとメイ、シエラとボラン、後はメロスとサマーで全部だ。
心当たりはなかった。
「冒険者ギルドで、我が大胸筋を楽しんだ男たちだ。
どうやら、我が筋肉を忘れられなかったようだな。仕方がない、神殿に連れて行ってやるか」
少し嬉しそうにメロスが笑った。それを見て桜が、半分顔も忘れたチンピラに、同情する。
もちろん、メロスを止めることはしないが。たとえ、メロスの集中トレーニングで死にかけても、因果応報だ。
「ここで待ちましょうか。
ついて来られるとは思わないけど、一応ね。面倒ごとは早めに片付けおくのが1番よ」
「わかりました」「わかった」
そして生贄、もとい、チンピラ3人組+αが現れた。
桜たちの見覚えのない男は、普段のメロスよりは細いが、かなり鍛え上げられた肉体だった。
その男を随分頼りにしているようで、メロスに締め上げられた男たちが、自信満々に喋り出す。
「おう、絶壁の嬢ちゃんよ。
昨日はよくもやってくれたな」
「昨日の借りを返しに来たぜ」
「幸い、あのイカれた筋肉エルフはいねえようだしな。
さあリーダー、こいつらです。やっちまいましょう」
筋肉が引き締まり、脱がない限りは普通のエルフに見える、今のメロスには気がついていないらしい。
「お前が、俺の仲間を攻撃しやがったお嬢ちゃんか。
ふざけやがって」
リーダーと呼ばれている男が激昂する。
「なんの話?」
サマーが不思議そうに首を傾げた。正直、このお馬鹿な雰囲気の男たちと、桜とメロスは結びつかない。
「昨日、私たちに絡んで来て、メロスに締め上げられた冒険者です。
1人、新顔がいますけど」
桜がざっくりと説明をした。
「絡んだだと?
俺たちは命がけの死闘を制して、ドラゴンを狩ってきたんだぞ。
乳の一つや二つ、揉ませるのが世の情けってやつだろうがよ。
俺がひん剥いて教育してやる。
俺たち、ドラゴンスレイヤーズに逆らうってのが、どんな罪なのかってのをな‼︎」
ドラゴンスレイヤーズのリーダーが、桜に飛びかかる。その男をそのままメロスがキャッチした。
釣り上げられた魚のように、男は捕らえられている。
「はっ? なんだテメェ。
貧弱なエルフが、調子に乗ってんじゃねぇぞ。
俺様と力比べしようとなんて、100年鍛えてからにしやがれ」
男がジタバタと暴れだす。
それでもメロスは1ミリも動かない。
「では100年鍛えたこの筋肉、ぜひ味わってくれ。フンッ」
メロスが気合を入れると、筋肉が膨らんだ。
いつものメロスに戻り、ようやく男たちは、メロスがいたことに気がついた。
チンピラ3人の顔が青ざめていく。
ついでに捕まっている男の顔は、筋肉で締め上げられて青くなっていく。
そして、そのまま完全にリーダーは気を失った。
メロスはリーダーをポイっと捨てると、残りの3人をまとめて抱きしめる。
「ゆ、許して」
「ごめんなさい、出来心だったんです」
「やだ、もう大胸筋は味わいたくない」
メロスは彼らの言葉に耳を貸さず、そのまま締め上げた。
男たちはまたしても意識が落ちた。
「ではこの男たちは、神殿で預かろう。
心と体を鍛え、二度とこのような真似をしないよう、聖書の教えを覚えさせる」
メロスは彼らを連れ去ろうとしたが、サマーが肩を掴んで止めた。
「待って。
今、その人たちを連れて行かれると困るわ。
もう地上との出入り口は変わってるはずよ。
そう簡単には出れないはずだし、出れたとしても、帰ってくるのに時間がかかるわ。
また今度にしてくれないかしら?」
「う、む。わかった」
メロスは残念そうに、男たちを捨てた。
「それじゃあ、行きましょうか」
サマーが促すと、桜が引き止める。
「任命官っぽい人たちはどうするんですか?」
「戦うのも面倒だから、そっちは無視していいわ。
たぶん、1番良い時か、悪い時に出てくるから」
「なおさら、早めに手を打った方が良さそうですけど……」
桜が控えめに提案する。
サマーはそれを困ったように笑った。
「桜ちゃん。
相手は一応、国を跨いだ組織よ?
特に攻撃された訳でもないから、何もできないわ」
「あっ、そうですよね。
国連の職員みたいな人たちでしたね。
忘れてました」
桜は恥ずかしそうに笑った。
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