序
この世界は、眠る龍の見ている夢だと言う。
だから龍が目を覚ましたら、泡のように一瞬で消えてしまうのだと。
七歳だった凜にそう話してくれたのは、鍛冶師である父に剣の研ぎ直しを頼みにきた若者だった。その時まで知らなかったが、大きくなって話してみたら知っている者がチラホラいたので、それなりに有名な話だったようだ。
ちなみに当の父は早速、家の隣にある鍛冶場に行って研ぎ直しを始めていたので、その時は凛と若者の二人きりだった。床に敷物を敷いてはあるが一応、客なので牀(寝台だが、長椅子としても使う)に座って貰い、お茶を出したら気を使ったのか若者はおもむろに凛へと話し出した。
くり返すが、凛には初めて聞く話だった。
帝が龍の血を引くとは、聞いたことがあるけれど──けれど凛としては話の内容よりも、目の前の若者が随分とつまらなそうな顔をしていることが気になった。
「そうなんだ。でも、何でそんなにつまらなそうなの?」
茶器を渡した後、床の敷物の上に腰かけた凛からの問いかけに、若者は大きく目を瞠った。
『人の体は全て親から受け継いだものであるから、傷つけないように努めること』という教えがある。それ故、髪の毛を短く切ることも親から貰ったものを損なうことになるので、女性も男性も毛先を揃えたりくらいはするが、束ねたり結ったりして基本、長くしている。
だから凜や父も、そして目の前の若者の髪も長かった。目の前の若者を、女性と間違えることはない。しかし一方で、その顔は人形のように綺麗で整っていた。とは言え、今みたいに表情が変わると、途端に人間らしくなるなと凜は思った。
一方、若者は凛からの質問に、またつまらなそうな無表情に戻って答える。
「つまらないだろう? いくら腹を空かせても、逆に強くなって掌返しにされても、それもこれも全部夢。俺のものじゃない」
自分で言うくらいだから、強いのだろう。父に剣の研ぎ直しを頼むくらいだから、体術ではなく剣術か。
けれど、そこで何故「俺のものじゃない」になるのかが不思議で、凛は尋ねた。
「どうしてそうなるの?」
「……いや、そうだろう?」
そうすると、若者は尚も言い募ってきた。表情は変わらないが、凛の返事に納得いかないのか声が不満げで、それが凛よりも年下の子供が拗ねているようでちょっと面白かった。
(子供なんだから、仕方ない。教えてやろう)
だからその気持ちのままに笑いながら、凛は口を開いた。
「あのさ──」




