1. はるとが危ない
私の名前はいろは、小学3年生。近くの小学校に通っている。
――みーん、みーん
もうすぐ夏休みだ。通学路にせみの声が響く。今日もお日さまはカンカン照り。プールの授業も楽しかった。いつも通り、ランドセルと水着を担いで、家に帰る。
靴を脱ごうと、玄関に座ると、キャンディーの精霊『あめめ』がいきなり飛びついてきた。あめめは、お菓子のすばらしさを人間にもっと知ってもらうために、お菓子の国からやってきた精霊の見習いさん。ひょんなきっかけで我が家に居候している。
「いろは~! 大変なの!」
「どうしたの、あめめ?」
「はるとがね、はるとがね」
「あめめ、落ち着いて」
「飲んじゃったの!」
「な、なにを!?」
「お菓子の国の精霊王から預かった、大事な魔法のアメ玉! 精霊試験に必要なの」
はて、精霊試験? 何の話だろう?
手のひらサイズのあめめが、ピンクのポニーテールを振り乱し、私の周りを飛び回っている。ちょうちょみたいなきれいな羽をバタバタさせている。
あめめは、おっちょこちょいなのが困ったところで、野良猫におそわれそうになっているのを助けて以来、すっかりなつかれてしまった。
そして弟のはるとは2歳になったばかり。
――確か今日、ママは保護者会だったはず。
「ひ、ひなた兄ちゃんに相談しよう!」
ひなた兄ちゃんは私の従兄。ひなた兄ちゃんは近くの医大に通っている医学部生だ。ひなた兄ちゃんの本当のお家は遠い。だから大学生の間だけ、うちで預かっている。今は試験が終わって、一足早い夏休みだ。
ランドセルを背負ったまま、階段を駆け上がって、ひなた兄ちゃんの部屋になだれ込んだ。
「ひなた兄ちゃん大変!」
ひなた兄ちゃんの部屋には、表紙に人体の絵が描かれた、難しそうな本がたくさん並んでいる。私の声が大きかったせいか、ひなた兄ちゃんが椅子から落ちそうになった。
「いろは、おかえり。あめめも、いきなりどうした? 驚かせないでくれ」
ひなた兄ちゃんは読んでいた医学書を机の上に置いて、眼鏡のリムを押さえた。
「はるとが、はるとが、あめめの魔法のアメ玉を飲み込んじゃったらしいの!」
「アメ玉? はるとは息をしているか? 顔色は? おばさんは?」
「はるとは、息しているし、元気そう!」
あめめが即答した。
「ママは今日保護者会だよ」
私も答えた。
「それで、その魔法のアメ玉ってどのくらいの大きさなんだ?」
「大きさはね。えっと、こーのくらい」
あめめが手を胸の前に出して、その大きさを表現する。よく分からないけど、どうやら普通のアメ玉より少し大きいみたいだ。
「はるとはどこ?」
「一階のリビング!」
私はひなた兄ちゃんの後を追って、ランドセルを置いて、一階に駆け降りた。
はるとはリビングの真ん中に積み木を広げて遊んでいた。テレビでは最近流行っている『パティスリー・サオトメ』のオーナー・パティシエの早乙女さんが、ワイドショーでコメントをしている。
「おねえたん、おかえり」
はるとが覚えたての言葉で挨拶をする。最近気に入ってるゴーゴーライダーのTシャツを着て、ご機嫌だ。まあるいほっぺがかわいらしくて、天使のよう。
ひなた兄ちゃんがしゃがんで、はるとの顔をのぞき込んだ。
「顔色は悪くないな。ねえはると、ちょっといい?」
「うん?」
「おくち、あーん」
「あーん?」
ひなた兄ちゃんに言われて、はるとが不思議そうな顔で、お口を開ける。ひなた兄ちゃんは、スマートフォンのライトで口の中を照らしながら、奥までよーく確認した。
「口の中にそのアメ玉はないし、はるとの呼吸も問題ない。完全に飲み込んじゃったのかな? とりあえず、のどにつまらなくてよかった」
「飲み込んじゃったら、アメ玉はどうなるの?」
あめめが心配そうに聞く。
「アメ玉だよな? おなかの中で消化、吸収されて、残りかすがうんちになって出てくる」
「うんち!?」
私とあめめは口を揃えて言った。
「消化管のどこかでつまったらいけないし、今は元気そうだけど、小児科で診てもらった方がいいかも。おばさんに連絡しとくよ」
ひなた兄ちゃんがスマートフォンで、ママにメッセージを送った。あめめが困った顔をした。
「魔法のアメ玉は、お菓子の国の精霊試験に必要な大切なものなの!」
「うーんと、試験のことはあめめが精霊王に謝るしかないんじゃないかな?」
「ダメ! このままだと、またマカロンの精霊のマカロに馬鹿にされる! それに万が一、失格になると二度と人間界に来ることができなくなる」
精霊試験は重要な試験みたい。あめめが、しおれたお花みたいになった。
「そうだ! あのアメ玉は、魔法のお砂糖でできているの。だから――」
「だから?」
あめめは少し言いづらそうに答えた。
「溶けたら魔力があふれ出す。はるとは魔力を持たない人間だから、危ないかも知れない」
「えええっ!」
「えええっ!」
ひなた兄ちゃんと私の声が、思わず揃った。




