第九話 平家最後の棟梁②
穏やかに話す兄を見ながら、僕も兄を大事にしないとなぁと思った。……普段僕ばっか反抗しよるけど、兄はいつも穏やかなのは、そういう前世を思うところがあるのかもしれない。……と。
……そういえば先程秋宮くんも、記憶がないことと元服していないことは、関係があるような口ぶりだった。
僕が秋宮くんをちらりと見ると、秋宮くんは折を見てゆるりと話始める。
『元服』の条件は、もしかしたら前世の記憶を取り戻すこと……か……?
僕が考えていると、秋宮くんが兄の言葉を引き継いで話をする。
「宗盛殿も色々と言われとるかもしれんけど、あの時代の平家を支えるんはきっと大変だったんじゃろうよ。平時ならまだしも、一度崩れた態勢を立て直すのは容易ではなかろう。それも、相手はあの源氏。壇ノ浦の戦の時にはもう平家は追い詰められとったし、兄君が言うように、弟の進言を聞き入れたからと言って戦況が変わるものでも無かったじゃろうなぁ。じゃが、まぁー四国が寝返ったと聞いた時は「うわー……」くらいには思おたかもしれんよな。その記憶が残っとるということは」
「……」
「ショックだったり後悔だったり、衝撃の大きい記憶は残りやすいが、残っとる記憶は極一部じゃろ? そん時の宗盛殿の考えはもうご本人にしか分からんが……今世もお主は兄であるが故に、今世は弟やそういうものを大事にせんといけんと思おたんかもしれんな。ええ兄君ではないか。現代の解釈では、平宗盛殿は武将としてはあんまりええ評価をされとらんかもしれんが、基本的に家族思いの優しい人だったとも言われとるんよ」
「へぇ……」
「当時では珍しいいくめんだったりな。赤子を自らの手で育てたり」
……知らなかった。歴史の授業では『誰が何をした』という切り抜きしか教えられないけど、そういう側面を聞くと、確かにその時代を生き抜いた一人の人間としての像が浮かび上がってくる。
秋宮くんは僕らの反応を見ながらゆったりと続ける。
「壇ノ浦で同胞が次々と入水するも、泳ぎの上手かった宗盛殿とそのご子息は結局助かってな。助かったと言うても、その後別の地にて斬首されてしまうのじゃが。それでも最後の最後までご子息を案じた、良い父君でもあったのじゃよ」
「そう……なんだ」
「ほんまは、平和な世が似合う男だったのかもしれんのぉ。重能殿を切れんかったんも、ほんまに人を信じとったんか、優しさ故か。そこまでは俺にもわからんがな。ま、前世は前世で、もう今は別の人生を歩んどるわけじゃし、宗盛殿の話はこんなもんで。色々調べてみたら、晃くんの前世もわかるやもしれんけどな」
「……!」
僕の前世。僕には全く前世の記憶なんてないと思っていたけれど、先ほど見た会話は……あれが、前世の記憶なのだろうか。それとも、兄の記憶が流れ込んできただけなのだろうか。
すると徐に秋宮くんは「そろそろかのぉ」と海の方へ歩き出した。魔物は斃したとはいえ骸はそのままそこに転がっているし、波も大きく荒れたままだ。
雨も、先ほどから少しずつ雨は小降りになっていたけれど、まだ微妙に霧雨が降り続けている。
「そろそろって?」
「君ら、眞城くんを追いかけてきたんじゃないん」
「……あ」
そうだった、すっかり忘れていた。
眞城くんは無事なんだろうか。
「今、あっ、て言うたな? 薄情じゃなぁ。まぁ彼なら大丈夫じゃろ」
「なんでそんなことが言いきれるん」
「先ほど、兄君が切り伏せたこの魔物。通常群れで動くと言うたじゃろ」
「……!」
「こっちに二体しか来んかったんは、眞城くんのおかげかもしれんぞ」
「えぇっ??」
今日は色々と情報過多だ。
……だけど眞城くんって……そんなに凄い人なの? 確かに、剣道の全国大会で毎回優勝はしているけれど、初めて対峙したあの時……見た目だけなら小柄で可愛らしい少年だったけれど、その奥に何か……何か、とてつもなく大きなものを秘めているような、そんな雰囲気があった。
……彼にも、誰かの記憶が残っているのだろうか。
彼もまた『前世』という言葉を使っていたから。
……。
驚く僕を見る秋宮くんは相変わらずゆったりとした様子で、そのまま海の方を見遣る。それだけなのにいちいち様になるのはなんなのか……ただ、神官姿、というだけではない何かがあるような、僕のこの疑問の答えを全て持っているのではないと思わせるような……そんな予感がしていた。