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記憶を巡る『平安』物語 ~剣道中学生に宿る平安時代の記憶と、現代に甦る源平の因縁~  作者: はる❀


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第八話 平家最後の棟梁①

 もしかしたら、兄がした今の話は、壇ノ浦の戦の話なんじゃないかと、思った。さっき僕の頭に流れ込んできた話の最初に『壇ノ浦の合戦』って、言っていたから。あれは……決戦前の、最後の対話……?

 雨が降りやまないない中、二人は黙ったまま僕を見ている。


 ……


 刹那の沈黙のあと「そうだ」と言ったのは、兄だった。


「晃。今まで黙っていてすまんかった。……俺には、前世の記憶がある」

「……!」

「俺が持つ記憶は……、()()()()()()()だった『平宗盛(たいらのむねもり)』」

「……たいらの、むねもり……」


 前世の記憶があるというのは驚きだが、あまりに壮大な話に、脳が一瞬フリーズする。『平宗盛』。宗盛……。

 僕はその名前を繰り返し、繰り返し、頭の中で反芻する。

 兄はそんな僕の顔を見ながら、眉を下げて笑う。


「まぁ前世の記憶と言うてもほんの一部じゃけぇ、その時の思いまでがすべて残っとるわけではないんよ。じゃけど……周りが呼ぶ名や色々な状況からも、俺はこの記憶が平宗盛のものだと確信した。それからというもの……俺も色々調べた。もしかしたらと、思おてから。現在()とは別の人物じゃが、前世の記憶となると気になるじゃろ」


 そう語る兄は、いつもの優しく穏やかで、少し頼りない兄である。だけど、前世の記憶があるというのも、なかなか頭の中がこんがらがりそうだなぁと思った。

 自分の記憶ではない記憶。歴史の教科書に載っている、「絶望」と「敗北」の記録。

 兄は軽く息をついてから続ける。


「宗盛はあの有名な平清盛(たいらのきよもり)の三男。清盛が亡くなってから、棟梁を受け継いだ武将だ。清盛の名前くらいは聞いたことあるが、宗盛は正直そこまで詳しく知らんかった。歴史の教科書にだって、壇ノ浦の戦いで敗れた時の平家の棟梁の名としてちらっと出てくるだけじゃし」


 そう言いながら雨粒を拭う兄は、どこか寂しそうでもある。


「それどころか、後世の評価は散々だ。宗盛自身は歴代に於いてもぱっとしない武将とか、一門滅亡の際にも皆が潔く死ぬ中、自分は助かって命乞いまでした情けない人物だとか……なんやかんや色々言われとるのを見かける。そのたびに、胸の奥の方がもやもやとする感覚に陥るんよ。……この人の記憶が断片的とはいえ、時々考えてしまってな」

「……」

「実際のところ壇ノ浦でだって、進言を聞き入れたからと言って平家の滅亡は避けられんかったと思う。この段階では既に、平家は追い詰められ、戦力差、補給路等……いろんな面において源氏側に分があったという。だがいろんな面に於いて、一つの判断が、歴史を大きく変えることもあるのも事実。けど……『もし、あの時……』なんて後悔は、すべては結果論だとわかっとっても、消えないんよ。その時の一瞬の判断が、吉なのか、凶なのかなんてそんなこと……戦の総大将の重みなんか、今の俺には分からんが」


 総大将の、重み。そうだよなぁと……思う。

 その一言で人の命なんか簡単に左右されることもあっただろうし、この時には平家一門の命運がかかっていた。


 ……物凄い重圧だろうと、思う。


「この人はそれまでにも色々判断を誤ったとか、決断力に欠けるとも言われたりもするが、さっきも言ったようにそれは結果論であって、その当時大きな判断を下すんも、ものすごいことだったと、思う。

 ……この時一つとったって、結果論からすれば、弟の言うこと信じて重能を切ってしまえば良かったのではと思うかもしれん。でも、信じ切っていた部下を切るという決断が、どれほど残酷なことか。弟がどうとか重能がどうというよりは、切るにはあまりに信用しすぎとったんかなぁ……とか、俺も色々と考えるわけだ」


 兄は遠い目をして、激しく打ち寄せる波を見つめる。

 ……確かに、あのときああしていたら……、なんて、後からならいくらでも言えるものだ。だから人間は後悔するものだし、その時の何が正しい選択だなんて、きっと、誰にも分からない。兄は、そのまま続ける。


「……でも、重能が裏切ったのは事実で、平家が負けたというのもまた事実。弟の知盛もそれは当然口惜しかっただろうが、彼は兄を責めるでもなく、その運命を受け入れ、一族と共に入水した。最後まで武士の矜持を重んじた弟の生きざまは、やはり凄く、格好いいと思う。宗盛にはできんかったことでもあるしな。……じゃけぇ、今世でも弟がおる『俺』は、弟のことは俺が一番、信じようって、思った」


 まっすぐに僕を見る兄のその瞳は、今までにないほど澄んでいた。

 僕は、「……うん」と言うのがやっとだ。


()に、あんな顔させたくないしな。既に人格が違うけぇ『俺』という人格が脚色した部分や捉え方の違いは大いにあるかもしれんが、俺の思う『平宗盛』と言う人物は、世間で言われているよりずっと普通の人間で、ずっと、すごい人だと思うんよ」

「……うん。すごいと、思う」


 色々と腑に落ちた。兄の行動には意味があったのだ。

 そして……兄が今まで討伐隊の詳細含め、前世の記憶を話してこなかった理由。それは、兄が()というものに、何か思う所があるからなのだろう。兄は現世の弟()を、守ろうとしてくれていたんじゃないか。


 ……。


 平宗盛。正直なところ、これまでの僕はそこまで歴史に詳しいわけでもなかったがために、その名前を聞いても歴史上の誰か、というだけで、それ以上はなかった。だけど少しずつ前世の記憶が蘇り始めている今、その名前が僕の記憶の糸に触れる。


(宗盛……『兄上』……?)


 おぼろげな記憶の輪郭は、ふ、と空に消える。まさか……そんな。

 だけどその記憶を持つ兄が語ってくれた今、 教科書の中の無機質な名前が血の通った一人の人間であったことを、僕に深く印象付ける。

 改めて、兄を見る。平宗盛の記憶が残る、兄。


「じゃけぇさっきも、ほんまは最初の一撃でキメて、かっこえぇとこ見せたかったんじゃけど」

「……!」

「でも結局、一人じゃ勝てんかったなぁ」

「……兄ちゃん、かっこえかったで」

「……」

「ほんまに、かっこえかった。すごい! って、思おたもん」

「……ほぉか」


 僕の言葉に、先ほどまで硬い表情をしていた兄は、相好を崩して笑っていた。

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お兄ちゃん( ˘ω˘ )
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