第十二話 中学校
― 翌日
昨日の大嵐から一転、快晴となった今日はいつも通りの学校だった。いつもの、日常。
僕は昨日のことも謝罪しなければと思いながら、足早に剣道部の朝練に向かっていた。そうしていつも通り登校していると、昨日の事が夢だったかのように感じられる。だけど……すべてが、現実だった。
未だに昨日の事が整理がつかない僕は、交差点でも考え事をしながら信号待ちをしていると、遠くで同じ剣道部の越前司が僕を見つける。
「あ」
「おろっ」
「晃ぁあああッッ!!!」
そして僕だと確信するなり、全速力で駆けてきたのだ。
「うわ、わ、おおおおおはよ、つか……え、越前、くん……」
「なんやぁ、「おろっ」て! おン前晃ァ、昨日はどけぇ行きよったんな!!?」
「ご、ご、ごめんて……」
「みんなばり心配しよったんやぞ!!! あんな警報鳴りよる中、気づいたら会場のどこにもおらんし!」
「だ、だって……あの、その……ちょ、ちょ、待って」
短く刈り込んだオシャレなツーブロックに、中学生にしてはやや強面な彼は、そのしっかりとした体躯も併さってパッと見中学生には見えない。そんな彼とは小学生からの幼馴染で、同じ剣道場に通い続けた親友でもある。……が、今はその彼の物凄い剣幕に、僕は思わずしろどもどろになっていた。
……彼のこの剣幕も無理もない。あの大嵐の警報の中、決勝戦を目前とした僕が忽然と姿を消したのだ。 みんな心配したことだろう。
だけど……昨日の事。あの後会場に戻ったものの全員避難後で、僕の持ち物を含め会場内にはもう誰もいなかったのだ。帰ってから学校へ連絡すると、顧問へ伝えると言われて、その後は母が対応してくれたのだが……直後、お風呂に入って冷えきった身体が温まると、疲れが出たのか溶けるように眠ってしまったために、友人たちには今朝になって謝罪の連絡を入れたところだった。
「なんや眞城の後追って外へ駆けてったのを見たとか言う他校の奴もおったし……昨日は全然連絡つかんし、ほんまに、何しよったん?」
「それは……」
外へと駆けてゆく眞城を追って、あの大会会場を飛び出した。そうして魔物と出会って、眞城くんとも……彼は、あの綺麗な顔に、恐ろしい程怜悧な笑みを浮かべていた。
……眞城くんは、あれからどこに行ったんだろう。
あの夥しい程の魔物の残骸。あれを全て眞城くんが斬り伏せたのだという。
「……眞城くんは、あれから会場戻ったん?」
「あ?」
「そ、そんなに怖い顔せんでや……ほんまに……昨日は、その……ゴメンナサイ……」
「あの後、誰も眞城のことも見とらんよ。伊月くんのこともな」
「うっ……」
「で。晃は昨日はどこで何をしとったん」
ずっと互いに名前で呼び合った僕らではあるが、中学の剣道部に入るなり苗字に「くん」や「さん」を付けて呼ぶのが当たり前になってしまったがために、普段は苗字で呼び合うようになった。……が、二人でいるときやこんな風に素が出た時は、今でも『晃』と名前で呼んでくる。
そんな司……いや、越前の問いに、僕は昨日のことを振り返る。 海辺での魔物、兄の抜刀、そして……現実離れした神官・秋宮さん。
滾るような溢れる思いと記憶に、中学生の僕が感じた、本物の魔物への恐怖。本物の、戦地。
――あの無差別な殺気に、死ぬかと、思った。
前世を知りたいと願ったものの、一日経って熱の冷えた中学生な僕はまだ、思い返すとあの熱さと同時に、魔物の恐ろしさがフラッシュバックする。
「昨日は……海辺で、魔物に遭った」
「そんで?」
「兄ちゃんが、がんばってくれた」
「それから?」
「眞城くんが……怖かった……」
「はぁ?」
我ながら意味不明な回答をしていると思う。根底にある恐怖もそうだけど、昨日の……秋宮さんの「今見たことは、内緒な」と言った言葉も頭から離れず、具体的なことをうまく伝えられない。
「まぁ……魔物に遭うたんなら、相当恐ろしいことがあったんじゃろ。晃が無事でえかったわ」
「ほんま、ごめん」
「まぁええて。あ、今から朝練じゃけど、あとでちゃんと部長と顧問とこ行きぃよ。晃の竹刀袋とか荷物諸々は、部長が持っとるけぇ」
「わかった。ありがとう」
その後は他愛もない話をしながら、昨日の決勝戦も中止になってしまって残念じゃったなぁ、と、司は一緒に悔しがってくれた。ほんまに心配してくれとったんじゃなぁと、申し訳なさと有り難さが同時に募る。
昨日の僕は、確かに少し異常だった。
……普段では考えられない行動に、アンバランスな情動。
滾るような思いはどこまでも成熟し、恐怖に慄く僕はどこまでもただの中学生だ。
……。
そうして司と共に部室に着いた僕は、入るなり「うわっ、伊月!!!」と驚かれ、みんなから質問攻めにされると共に、無事でよかったなぁと、もみくちゃにされたのだった。
……日常に、帰って来たんだ。 『前世』と言う言葉が少しずつその欠片を手繰り寄せているような不思議な感覚に、それでも僕は『僕』の足でしっかりと立たなくてはと、この地をぐっと踏みしめる。
(これは現実で……自分が引き起こしたことだ。きちんと反省しなくちゃいけない)
自分がしたこと。自分が感じたこと。それは全部が現実で、いつだって責任が伴う。昨日から続くこの不思議な感覚とも、きちんと向き合わなくちゃ。
だけど仲間たちとの温かな触れ合いが、僕を少しずつ平和な現実へと引き戻してくれるようでもあった。
……
……
「伊月」
そうしてそこへやってきた、剣道部の部長。黒縁眼鏡に短い髪を綺麗に整えた彼は、いつもの如く真面目を絵に書いたような面持ちで、僕に話しかける。
「伊月、昨日は……」
「ほ、ほんまに、すみませんでした……っ」
「……」
「もう勝手なことをしません」
「……伊月くんが無事でえかったよ」
「部長……」
「たがまぁ、ちぃと話がある。こっち来ィ」
目が笑っていない。これは……めちゃくちゃ怒っとるやつだ。
……当然だ。魔物出現のアナウンスと共に、忽然と試合会場から消えたのだから。
部長は他の部員に先に朝練を始めておくように指示を出して僕と二人になると、徐に話を切り出した。
「伊月くんさぁ。」
「ハイ」
「あの状況で外に飛び出すたぁえぇ度胸しとるがなぁ。なんで外になんか出たん?」
「……魔物の警報が流れて、眞城くんが外へ駆けていくのを見て……」
「眞城か……。一応聞くが、決勝戦中止で自暴自棄になって飛び出したとかではないんじゃな?」
「そっ、そんな、違います」
部長は、もしかしたら僕がヤケになって飛び出したのではないかと心配していたらしい。……だけど今になって確かに、昨日の決勝戦が中止になったことがじわじわと悔やまれる。
口惜しさと共に沈黙する僕に、部長は深く溜息をつき、眼鏡をあげる。そうして、「昨日はほんまに残念じゃったな」と労いの言葉をかけてくれるとともに、そのまま話を続けた。
「……けどなぁ。眞城は魔物の『討伐隊』の一人やって、伊月くんも知っとるじゃろ?」
「討……伐、隊……」
その言葉に、思わず僕は復唱する。
眞城が討伐隊。それは剣道部の人間じゃなくても知っていることだろう。
史上最年少、十歳で討伐隊入りした、眞城 九郎。
彼は昨日、本物の太刀を佩刀していた。彼の小柄な体躯に似つかわないほどの、大ぶりの太刀。そして、返り血を浴びて嗤う、妖艶な姿。だけど、人知れず魔物を討伐する討伐隊のその実情は、多くが謎に包まれている。
ジリリリリリリ……ッ!!!
唐突に、けたたたましい警報音が校内アナウンスから流れ、僕らははっとする。
「……っ、これは……!」
「また警報か!?」
ばっ、と反応する部長と、昨日のことが思い起こされて身構えつつも、思考が冷静になる僕。最近、やけにこの警報が多いのだ。統計的にその頻度が増えているというのも、先日ニュースでやっていた。
『校内ナウンスです。全校生徒のみなさん……』
そのアナウンスの続きに僕らはじっと集中するとともに、僕の中に一瞬、『記憶』のような映像が流れてきたのだった。




