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第十一話 物語の始まり

 ◇



 ― 帰路



 凄かった。

 とにかく、凄かった。


 僕は兄と並んで見慣れた道を歩く。帰路に着く間も、ずっと興奮が収まらない。

 なんなんだ、この濃すぎる時間は?


 初めて見た、兄の抜刀。そしてその兄本人が持つ前世の記憶は『平宗盛』という平家最後の棟梁を務めた人物のものだった。重すぎる、前世。

 改めて、凄すぎるのでは……?


「兄ちゃん」

「ん」

「兄ちゃんって、凄かったんじゃな」

「なにを今更なこと()ぉるん」


 そんなことを言うのは、照れ隠しだとわかっている。兄は素っ気なく返すが、その少しにこにことしてちょっと嬉しそうだ。僕は「だって」と言いながらも、それが兄の優しさなのだと、思う。

 ……兄がなぜ今まで前世の記憶があると言わなかったのか。

 それは、僕を大事にしてくれていることを悟られたくなかったからなのではないか。それも、もしかしたら前世の弟を僕に見ているかもしれないとなれば尚更かもしれない。……そんな不器用なところも、兄の良いところで、強さなのだと、思った。

 僕は、兄の佩刀する刀に目を遣ると、兄は静かに僕に問いかける。


「晃は、元服の事……どこまで知っとるん?」

「……ぜんぜん」

「ほぉか。……俺も、よぉ知らん」

「ん、なっ………えっ……えぇ??」


 何か知っているのでは……と思っていたけれど、思っていた告白と真逆で、僕は思わず素っ頓狂な声をあげる。そんな僕を見ながら、兄は楽しそうに笑う。


「ははっ、そういうもんじゃよ。神勅だって突然聞こえてきたかと思ぉたら、次の瞬間、夢から覚めたような感覚じゃったし」

「そう……なんじゃぁ」


 『よくわからない』。これが、すべてなのだと思った。だけど本当に実在する……のか? 本当に??

 僕は未だに先ほどの神官さん……秋宮さんの存在自体も信じられていない。


 そして兄が賜ったという、刀。兄の剣捌きもすごかったけれど、あれと同じ魔物をあんなにも沢山一人で仕留めてしまう眞城くん。……彼は一体何者なのだろう。そう思うほどに、海岸全体が魔物の光で輝いていたのだ。

 ……やっぱり、元服の『ある条件』とは、()()()()()と関係があるのかもしれない。

 神様はいるといった秋宮さんと、神勅を受けた兄、勝手に元服したけどのちに刀を拝受したという眞城くん。


 ……改めて、夢のような現実だった。頬をつねってみても、普通に、痛い。


「晃。……大会は、残念じゃったな」

「ううん。けどその代わり、すんごい体験をしたけぇ」

「ははっ、今の事、夢だったと思いよるじゃろ」

「だって……こんなこと俄かに信じられんし」

「まぁな。俺も未だに信じられん」


 そう言って笑う兄は、きっと今まで本当にたくさんのことを考えてきたのだろうと、思った。僕は今日、兄の話を聞くことができてよかったと、そう思う。……大会は、確かに残念ではあったけれど、そんなことももう遥か昔のことのように思えてしまうくらい、今日の出来事は濃厚すぎた。

 ……そういえば。


「……兄ちゃんは、眞城くんのこと……知っとるん?」

「……まぁ、少し」

「眞城くんは」

「……晃。眞城くんに関しては、自分で見定めんさい。彼の前世と、今世での関係を」

「……?」


 ……やっぱり、眞城くんも誰かしらの前世の記憶を持っているのだ。

 そしてきっと……僕らとも関係がある。


 ……。


 先ほどまで大雨が降っていたことなんて忘れてしまうかの如く、よく晴れた空を見上げた兄は「秋宮さんは」とつぶやく。


「不思議な人よなぁ」

「兄ちゃんも、初めて()うたん?」

「いや、初めてではない」

「……っえ」


 驚きのあまり、僕は素っ頓狂な声をだす。



「いっ……や、ええええなんなんっ! 知っとるならちょっとくらい教えてぇや!!」

「それはな晃、そういうもんなんやって」

「……?」

「すべてを人から聞くんやなくて、自分で感じて、考えんさい」

「……」


 穏やかにそういいながら僕を見る兄は、またあははと笑いながら遠くを見る。


「秋宮さんが現れたということは、晃も多分、そろそろじゃな」

「そろそろ……っていうのは」

「記憶。……前世の」

「……!」

「多分、晃も直に解ると思うで。秋宮さんが、何者なのか」

「ほぁ……」

「ほぁ……て。あ……晃がアホの子になっとる……」

「んぐっ……もうっ! そんなとこばっかえぇ耳しよってから!」


 秋宮さん。神様にしてはなんだかとても友好的で俗っぽいというか……本当に不思議な人だった。「今見たことは内緒な」と言った直後、海の方を指さして「あっ!!」なんて言うので、兄と二人驚いてそちらを見ると……その間に秋宮さんは消えてしまっていたのだ。

 普通、人は、消えない。ただ者ではないことはわかるが、一体何者なのだろう。


 それから兄の言う『前世の記憶』。本当に、僕にも前世の記憶なんてものがあるのだろうか。先ほど僕の頭に流れてきたものは……?

 色々と疑問だらけだったけど、これはまだこの物語の前哨にすぎず……秋宮さんとは後日再会するなんて、僕はこの時全く思ってもいなかったのだ。


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