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第十話 厨二

 神官姿の秋宮さんは海を見遣ると、髪に滴る水を払いのけながら空を見る。

 そうして何も言わずに静かに海の方へ歩いて行ったかと思うと、細かい雨に打たれながら両手を広げて天を仰いだ。


 僕がやったらただの厨二でしかないのに、秋宮さんがやると圧倒的に絵になるのは、元々持っている素質の違いなのか……純粋に心惹かれる中二な僕は、秋宮さんの一挙一動から目が離せない。

 ……『厨二』とは、『日本・()()時代』に造られた言葉で、僕たち十四歳の年頃はどうやら少々非現実に夢見がちなお年頃を揶揄って『厨二』と呼ばれたらしい。秋宮さんも見た目は中学生っぽいんだけど、彼はそもそも存在自体が非現実的だ。


 ……そんなしょうもないことを考えていた僕は、この後とんでもないものを目にすることになる。


「伊月くん、海岸の方見とってご覧」

「……?」


 僕はわけがわからないまま、言われるがままに薄暗い海岸の方を見る。すると、今まで降っていた雨が急にやんだかと思ったら、海岸の方までクリアに見えるようになったのだ。


 ……! あれ、は。


「うわぁ、すんごいなぁ。あれ、全部魔物の()()じゃよ」

「……ざっ、残骸……!?」


 思わず息を飲む。だけど……いや、待って。この夥しい程の魔物の残骸はなんなん……? 海岸一面が、先ほど兄が斃した血のように真っ赤な魔物と同じ血色に染まっているように見える。秋宮さんは「眞城くんのおかげかも」とは言っていたけれど。

 そして彼が「あちらを見とってご覧」と言った直後に雨が上がり視界がクリアになったのは、何か……彼は、何をしたのだろうか。


「眞城くんは行ってしもうた後じゃったか」

「いや……あの……これ、全部眞城くんが……?」

「恐らくな。晃くんも離れとって」

「……?」


 言われるがままに僕が少し後ろに離れると、秋宮さんはそう言って両手を広げたまま海を向き、静かにぽつ、ぽつりとつぶやいているようだった。だけど……風の音に遮られ、何を言っているのかまではわからない。そんな彼は口許には余裕を携えたまま、最後の言葉だけが僕の耳に鮮明に届く。


「……()()


 ……!


  一瞬、呼吸が止まる。『凪げ』。今、確かにそう言った……と、思う。でも、いや……確かに、と言いながら全然自信がない。先ほどからのこの非現実的な状況に呑まれているだけかもしれないけれど、それほどまでに夢見心地で、どの出来事も正直現実味が薄い。そうして彼が片方の手で(くう)を撫ぜた途端、一瞬にしてすべての波がぴたりと制止する。

 そして……今までの荒波が、嘘だったかのように、凪いだ。


 う、わぁ……!


 何が起きている? 待って……ちょっと待って、これは……現実……?

 無意識に見開かれる目は、そこにある現実を映しているはずなのに、僕の脳はその情報を信じられずに困惑している。うわぁ、という心からの感嘆も、ぽかんと開いた口から溜息となって出ていくだけだ。


「やっぱり海は穏やかな方がえぇのぉ」

「……っ、すごい……!」

「はは、すごかろう」


 秋宮さんはそう言って笑うも、兄も「うわぁ……」と同じような反応をしながら、今の光景に呆気にとられている。

 白と朱の神官姿の秋宮さんを見る。理屈では到底言い表せないほどに不思議な彼は、やっぱり……もしかしたら。


「……秋宮さんは」

「うん?」

「神様なん?」

「んーん?」


 のんびりした返事は是なのか非なのかよくわからない。だけど秋宮さんは、「ただの神官よ」と言う。絶対、嘘だ。


「ははっ。別に、俺はなんもしとらんよ」

「いや……いやいやいや、嘘じゃろ! だって、今……」

「ほらぁ。穏やかな海は、瀬戸の内海のええところじゃろ」

「え………いや、でも………えっ?」


 僕は混乱しながらも、きっと頭の上には大量の『?』が浮かんでいることだろう。だけど秋宮さんはからからと笑うと、「まぁ、そのうちわかるじゃろうよ」と言う。


「その、うち……」

「ま、ほんまにわかったら俺消えてしまうんじゃけどな」

「えっ、で、ぇええっ!??」

「じゃけん、内緒」

「それ、は……っ、」

「けどな……神様は、おるよ」

「……!」


 ()()()()()という、言葉。秋宮さんは「ただの神官」だと言ったが、僕の目の前にいるこの神秘的な存在は、どちらかといえば本当に、本当の、神様だと思った。今の不思議な現象も、言葉では表せないようなこのオーラも、神秘的で、不思議だったから。

 だけど、()()()()()()()()……それはちっともわからない。それがバレたら消えてしまうということなのだろうか。そもそも、神がいるとはどういうことなのだろう。

 正体は知りたいけど消えてほしくない、つまりこの問いに答えは出せないということだ。


 不思議だ。未知というのは、どこまでも神秘的だと、思う。


 秋宮さんの綺麗な横顔を見る。耳を飾る、八重菊結びと房のついた耳飾りが揺れていた。その中心には月のような形をしたキラキラと光る石が埋め込まれている。その秋宮さんが斃れたままの魔物の残骸に視線を移すのに倣って、僕も魔物を見た。先程より少し霞んで見えるのは気のせいだろうか。


 「そのままでも直に消えてしまうんじゃけど」と、秋宮さんは暫く魔物を眺めたあと、また……何かをぽつりとつぶやくと、魔物は波間に反射する光のようにきらりと光ったかと思ったら、光の収束と共に消えてしまった。


「うわぁ……」


 神様って本当にいたんだ……なんて、僕は単純な感想と、間の抜けたような声しか出てこない。だけど本当に凄いものを見ると語彙力が吹っ飛ぶというのはこういうことなのかもしれない。

 秋宮さんは満足そうにひとしきり海を眺めた後、僕らの方に向き直って歩いてきた。


 その、神秘的で未知な存在と、目が合う。『何もしとらんよ』と、秋宮さんは言った。だけど……絶対に、そんなわけはない。非現実的な、この『不思議』な感覚が脳を突いて離れない。どこまでが、いやもしかしたら本当に何もしていないのかもしれないけれど……だけど、言葉で表すよりもずっと幻想的で、僕の厨二心をグサグサと刺している。


 そんな秋宮さんは「お主ら」と口を開くと、僕たちを見てにかっと笑う。


「今見たことは、内緒な」

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