最終話:ハッピーエンドになりました
*本日、二話目の投稿となります。
一年生最後の授業も無事に終えると、朝の宣言通り、殿下がアルフィール様を迎えに来た。明日から学園は年度替わりの長期休暇に入る。
結局、一日中イールトさんの顔を見れないままだった私は、せめて二人きりで会う約束だけは取り付けなきゃと焦ったのだけれど。アルフィール様が、ふふふと笑った。
「イールトはシャルラさんを送って差し上げて」
「かしこまりました」
え? 私をイールトさんが送る?
嬉しいけれどどういう事なのかと思ったら、殿下が愉快げに目を細めた。
「ミュランは私が借りていくからな。シャルラ嬢を一人で帰さないためだ」
殿下やゼリウス様たちと一緒に私たちの教室へやって来ていた兄さんをちらりと見れば、兄さんは穏やかに微笑んで頷いている。何だかその視線に奇妙な温かさを感じて、居心地が悪くなった。
これってもしかしなくても、兄さんにも私の気持ちがバレてる……?
「ボクが送ってあげてもいいんだけど」
ニッコリ笑ったラステロくんの頭を、ゼリウス様が小突いた。
「お前がいなかったら誰が転移陣を起動させるんだ」
「ボクじゃなくたって出来るでしょ?」
「魔の森では大人しくしてたってのに。お前も諦めたんじゃなかったのかよ」
「ボクは別に諦めてないよ。ただあの時は手を出さなかっただけで」
ゼリウス様とラステロくんは言い合っているけれど、手を出さなかったって何の話⁉︎ もしかして私、色々危なかったの⁉︎
何となく怖くなってラステロくんから離れると、ラステロくんは寂しそうに眉尻を下げた。
「ボク、シャルラちゃんには何もしないよ? 嫌われたくないし」
「じゃあ何する気だったの?」
「んー、どさくさ紛れに邪魔者を排除しようかなって思ったぐらい?」
ラステロくんは苦笑しつつ、意味ありげにイールトさんに視線を送った。ラステロくんが本気でイールトさんに何かしようとしていたとは思えないけど、冗談にしては物騒な話だ。どう返事をしようか迷っていると、ジェイド様が呆れたように声を挟んだ。
「ラステロ、邪魔者は君の方だと分かってるだろう。もう諦めろ」
「えー、ジェイドってば酷い」
「酷くて結構。いつまでもここにいては被害が増える。さっさと行くぞ。……殿下もですよ。いい加減に自重して下さい」
気がつけば殿下はアルフィール様の顔を真っ赤にさせていて、クラスメイトのみんなも頬を赤くしながら遠巻きに見ている。どうやらお二人はずっとイチャイチャしていたらしい。うん、これは目に毒だ。
ジェイド様に引きずられるようにして殿下たちは去っていって。ようやく落ち着きを取り戻した教室で、イールトさんは私の帰り支度が終わるのを静かに待っていてくれた。
「あの……帰ります」
「かしこまりました。お荷物をお持ちします」
「ありがとう」
イールトさんは私の鞄を持ってくれて、颯爽と歩き出す。ずっと顔が見れないままだったから、今さらどんな顔でイールトさんを見ればいいのか分からない。先導するイールトさんに俯きがちについて行くと、しばらくした所で違和感に気付いた。
てっきり馬車乗り場に行くと思ってたのに、庭のような場所に出ていたからだ。
「……あれ?」
「どうかなさいましたか?」
「ここって、中庭?」
「ええ。そうです」
思わずイールトさんの顔を見上げれば、優しい眼差しでイールトさんは私を見つめていた。
「シャルちゃんはすぐに帰りたかった? 俺はずっと二人きりになれるのを待ってたんだけど」
「あ、えっと……」
帰り道と全く違う方向だから、周囲には誰もいない。イールトさんは、ふっと笑って、戸惑う私の手を引いた。
「シャルちゃんに見せたい所があってさ」
「見せたい?」
「ちょうど今の時期だけ見れるらしいんだ」
イールトさんに連れられて向かったのは、中庭の片隅にある温室だ。子猫を理由にアルフィール様と殿下を会わせるために、何度も通った場所の近くでもある。
当然温室の中にも、私はこれまで何度も入っていたけれど。中の様子は私の知るそれとは全く違っていた。
「うわあ、綺麗……」
春の訪れを待つ今の時期、学園の庭に植えられた花はどれもまだ蕾だったけれど。温室の中にある花々は色とりどりに咲き誇っていた。数日後に卒業生だけが出席出来るパーティーがあるから、それ用に準備されているものらしい。
温室の中央に立つ桜の木まで満開になっていて、ガラスの天井から差し込む光も相まって幻想的な空間になっていた。
「ここはお嬢様に教えて頂いたんだ」
「アルフィール様に?」
「ヒロインのエンディングには、ここがピッタリだって言われて」
桜の木の下まで行くと、イールトさんは立ち止まった。何だかとっても甘い雰囲気になってる気がする。
これってもしかして、言うべき場面なんじゃ?
「あの、私……」
「ダメだよ、シャルちゃん」
イールトさんは私の唇に指を当てて、また言葉を遮った。もう我慢しなくていいはずなのに、どうして?
不満を感じつつイールトさんを見つめると、イールトさんは、くすりと笑った。
「いつもシャルちゃんに先を越されていたからね。今度は俺から言わせてほしいんだ」
え……何それ、ずるい。
イールトさんは私の手を取り跪く。空色の瞳に見つめられて、ドキドキと胸が高鳴った。
「シャルラ・モルセン嬢。俺は君が好きだ。結婚を前提にお付き合いしてもらえませんか?」
「イールトさん……」
すぐに「はい」って頷きたいけれど、感極まって言葉が出ない。こぼれ落ちそうな嬉し涙を堪えるのに必死になっていると、イールトさんはギュッと私と繋いだ手に力を込めた。
「まだ聞いていないと思うけど、もう少ししたらシャルちゃんは国王陛下から褒章を賜ることになってる。魔の森に出現したドラゴンを浄化したんだ。奇跡を起こした聖なる乙女として、シャルちゃんにはきっとこれからたくさん縁談が来るはずだ。ラステロ様やゼリウス様だっているし、俺じゃ全然立場が合わないと思う。それでもどうか、俺を選んでくれないか」
答えなんて決まっているのに、まるで懇願するように言われてしまって。私は堪えきれずに涙を流した。
「身分差なんて関係ないです。父だって平民の母と結婚したんですから、きっとイールトさんとのことも許してくれると思います」
「身分差?」
「平民のままだったら何も問題なかったんでしょうけど、私は貴族の娘になっちゃったから」
これはずっと気になっていた事だ。イールトさんは公爵家の従者だけど、私は子爵令嬢で。世間体的に色々言われそうだけど、きっと父さんなら応援してくれると思うんだ。
そう思って私は真剣に話したのだけれど、イールトさんは立ち上がって私の涙を拭い、苦笑いを浮かべた。
「シャルちゃんには言ってなかったかな。確かに俺は家を継げないから、功績を上げない限りいずれ平民になってしまうけれど。俺の父は貴族だから、身分差は一応ないよ」
「……へ?」
「まあ貴族といっても、地方の小さな領地を治める弱小男爵なんだけどね。兄弟は多いし領民と一緒になって畑で働いてたりもしたから、お嬢様の従者になる前は平民とそう変わりない暮らしをしていたんだ」
思いもよらなかった話に唖然としてしまう。するとイールトさんは、詳しく教えてくれた。
イールトさんは地方の小貴族、ベルガ男爵家の三男だそうで。男爵位とはいえ貴族だから、ご家族はリジー以外みんな魔法を使えるらしい。
男爵家で最も大きな魔力を持っていたイールトさんは、お父様である男爵様の手解きを受けていて。幼い頃から土魔法や水魔法を駆使して、領民たちの畑仕事を手伝っていたそうだ。
ちなみにそんなご家族の中で、なぜかリジーだけが魔力を持っていなかったんだって。
てっきり逆だと思ってたから驚いたよ。私はずっと、イールトさんだけが特別に魔力を持ってたのかと思ってたんだから。
「昔、旱魃や水害で領内の農作物が全てダメになったことがあってね。途方に暮れてた俺たちを、お嬢様は領民ごと救って下さったんだ」
イールトさんが生まれ育った男爵家の小さな領地はアルフィール様のメギスロイス公爵領と接しているそうだ。穀倉地帯で有名な公爵領と隣り合わせなだけあって、男爵領は農業が盛んらしい。
けれどある時、男爵領に災害が起きて。餓死しそうなほど困窮していた時、まだ幼かったアルフィール様が救いの手を差し伸べてくれたそうだ。
「じゃあイールトさんは、アルフィール様に助けてもらった恩を返すためにわざわざ従者になったんですか?」
「そうだよ。高位貴族の身の回りを世話する者は、低位貴族家出身の者がほとんどだから、別に珍しくもないしね。でもそれは最初のきっかけというだけだ。お嬢様にお仕えする中で、俺は本気でお嬢様をお守りしたいと思うようになったんだよ」
「そうなんですね」
アルフィール様は素敵な方だ。私も最初は恩返しのために頑張らなきゃと思ったけど、本気でアルフィール様をお助けしたいと思うようになったから、イールトさんの気持ちがよく分かった。
「何か手柄を立てていずれは爵位を得たいとは思ってるけど、確かに今の俺はただの従者だ。シャルちゃんには苦労をかけるかもしれないけれど、それでも俺について来てほしい。好きなんだ、シャルちゃんが」
平民だって何だって、相手がイールトさんなら身分なんて何でも構わない。私は真っ直ぐに見つめてくるイールトさんに、笑顔で頷いた。
「もちろんです。私は王子様より誰より、イールトさんが好きなんです。爵位なんて、あってもなくても構いません」
「シャルちゃん……ありがとう」
イールトさんは嬉しそうに笑って私を抱きしめてくれた。もう我慢しなくていいんだと、心のままにイールトさんの背に手を回すと、そっと顎を掬い上げられて。吐息の触れそうな距離に目を伏せれば、唇に温もりが重なった。
ジミ恋的にはきっとハッピーエンドなんだろうけれど、これは終わりじゃなくて始まりだ。
これから先の未来は誰も知らないし、もしかすると色んな困難もあるかもしれないけれど。ヒロインと呼ばれても、アルフィール様に教えられた未来から大きく変える事が出来たのだから、きっと何が起きても大丈夫なはずだ。
大好きな人と手を取り合って、これから先に続く私たちの明日を歩いていきたい。
唇が離れるのと同時にそっと目を開けば、イールトさんが柔らかく微笑んでいてくれて。
「イールトさん」
「ルトって呼んで、シャル。もう恋人なんだから」
「えっと……ルト、大好き」
「俺も好きだよ、シャル。もう一度だけ、いい?」
「……うん」
甘い花の香りと爽やかな柑橘系の香りを感じながら、私はようやく手にした幸せに身を委ねた。
<完>
これにて完結となります。
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