とても雑な現代とファンタジーのコラボ
視界内に入ると同時に倒されていく光景を見ていたからだろうか。地底湖のあたりまで来る頃には魔物はほとんど出てこなくなっていた。ここに出る魔物は元々そう強いものではないけれど、それにしたって手で虫を追い払うような気軽さでぽんぽん倒されているのを見れば魔物だってわざわざ出てこようと思わなくなるだろう。
ある程度の知能があれば尚の事。
おかげでほとんど苦労する事もなく、すんなりと地底湖のあるフロアに到着した。
こちらの世界では海であれ川であれ魔物が出るのであまり海水浴のようなイベントは広まっていない。泳ぐ事を練習して覚える者は多々いるけれど、よーし夏だしビーチに行っちゃうぞー♪ というようなノリはほぼない。
魔物があまり出ない限られた場所でそういうイベントを楽しむ者もいるけれど、そういうのはある種の特権階級がやるものだと思われている。
どちらかというと素材集めや食材確保に海や川に入る者はいるけれど、単純に泳ぎにきましたという者はいないと言ってもいい。前世でも海には危険生物がいたし、海水浴場だって完全に安全であるとは言えないが、こちらの世界ではその危険度が跳ね上がっているのだからそういう流れになっていても不思議ではないとユーリは思っている。
だからこそ地底湖にやって来てもユーリとしては特になんとも思う事はなかったのだ。
地底湖そのものには特に感想を抱かなかったが、そんな事よりももっと目を向けなければならないものがあれば、当然意識はそちらに向かう。
「突然のファンタジー要素に驚きを隠せないんだけど何これ」
「知らないよ。とりあえず破壊する?」
「ほわっ!? 何を言っておるのじゃダメに決まっておるじゃろう!?」
それを目にしたユーリたちの反応はこんなものだった。
ユーリとしてはそれはもう驚いているけれど、驚きを表そうにもどういうリアクションをとるべきか困惑しているとも言えた。
テロスに至っては面倒事の気配を感じてか既に投げやりである。
そして、予想外というべきかメルが一番驚いているように見えた。
地底湖の中央に女がいた。
いた、というのも少し違うかもしれない。
巨大なクリスタルらしき石に入った女が浮いていた。
見たままを答えるならばこれが正しい。
女が生きているかはわからない。死んでいるようにも眠っているだけのようにも見える。
常識で考えるのであれば死んでいると思うのだが、それはユーリの前世での世界であればの話だ。こちらの世界では通用するかどうか微妙である。何せ時間を停めてコールドスリープもどきであったアリスという件が既に存在しているので。
あの巨大なクリスタルがアリスの棺桶と同じようなものであれば、あの女性も生きてはいるはずなのだ。
封印された女性。
こうしてみると何だか古き時代のファンタジーにありがちだな、とユーリは思うのだが。
中の女はファンタジーというよりは現代向きであった。
白い装束のファンタジー風巫女っぽい女性であるならばいかにもそれっぽくはあるのだが、石の中にいる女はむしろユーリの前世でよく見るような服装である。
一番しっくりくる言葉を述べるのであれば。
事務員のお姉さん。
まさしくそんな感じである。
もっと言うならば大企業のというよりは零細企業とかアットホームな下町の会社で働いているような、そんなイメージだ。
もっとも前世の会社であればちょっと苦言を呈されるかもしれないと思われる部分は、髪の色だろうか。
赤が混じった金色であれば海外の人なんだろうな、で済まされたかもしれないが、彼女の髪は純粋に赤かった。腰のあたりまであるそれは、丁寧に三つ編みにされている。
「……で、どうしようか」
ユーリは誰にともなくそう問いかけていた。テロスは面倒そうに破壊案を出すし、反対にメルは救出案を出している。だがしかし、
「壊すにしろ助けるにしろ、どうにかなるの? これ」
どちらを実行するにしろ、何だかとても大変そうなのだ。
地底湖自体はそこまで大きなものではない。
大きさの規模を述べるのであれば、前世の大きな公園のボートとか貸し出しちゃってる池と似たり寄ったりな気がしている。
けれど水深はどうだろうか? この場所は完全に行き止まりでこれ以上先に進めそうな場所はないが、湖の中はわからない。どこかに繋がっている可能性もあるし、魔物が潜んでいないとも限らない。
事務員さん(仮)を助けるにしてもまず湖に足を踏み入れなければならない気がする。重力制御の術でもって水の上ギリギリを移動する事もできなくはないが、水底から魔物が出てきた場合対処が遅れる可能性がある。
それに浮いてはいるが、このクリスタルが軽い物であるかどうかもまだわからない状況なのだ。
浮いてはいるけれど、ここから動かせない可能性もある。
そうなると彼女を助けるにしてもどうしていいものやら……
彼女の周辺のクリスタルだけを砕くようにしてどうにか中身を取り出せればいいが、彼女を包んでいるこの石の強度がどれくらいかわからないので、下手に威力のある術を使うわけにもいかない。威力を抑えた術であっても予想以上に脆かった場合、最悪中の彼女ごと粉々になってしまうかもしれないのだ。
「中の人が死んでたらアイテムボックスに入るんじゃないの?」
「縁起でもない事を言うでないわ。生きておるに決まってるじゃろ!?」
「えぇ……? でもあれ、大分衰弱してるみたいだし、放っておけば勝手に死ぬよね」
「だからその前に助けねばならぬと言うに!」
「あ、生きてるんだ」
テロスとメルのやりとりを聞いて、ユーリはそこでようやく彼女が生きているという事を知った。よくわかるな、というのが正直な感想である。
「アリスみたいな棺桶とかもうちょっと見た目からわかりやすいやつならどうにかできそうな気がするけど、これどうすれば正解なの?」
生きているなら助けないというわけにもいかない。むしろテロスは生きている事に気付いていながら破壊案を言い出すあたり、完全に面倒事だと思っているのだろう。まぁ面倒事の気配しかしないので大体合ってる気がする。
「どうも何も、まずは中から引きずり出さないといけないんじゃないの? 出した所で生きていけるかわかんないけど。下手な延命処置で苦しませるより、今のうちに楽にしてあげるのも一つの優しさだと思うよ?
だって彼女、何か要領悪そうな感じだし。何か周囲に色々搾取されてそうな顔してるし」
「憶測で決めつけるでない。彼女は決してそのような――」
「へぇ? もしかして彼女、キミの知り合い?」
そこでメルは言いかけていた言葉を唐突に止めた。押し黙るその様子からテロスの言葉が事実であると認めたようなものではあったが。
「まぁどうでもいいんだけどね。ボクにとっては心底どうでもいい。助けるというのなら、具体的な救出案を出すといい。内容次第で協力してあげなくもないよ」
その事に関してテロスは追及するつもりはないようだった。
「…………ユーリ、魔術で風を起こして地底湖からこちら側へ引き寄せる事はできぬか?」
「あれ風船みたいに浮かんでるけど、そもそも風吹かせてどうにかなる感じなのかな? まぁ、やってみるけど」
重力操作でクリスタルまで接近して押して運べと言われるよりは、重労働でもない。最も、この方法が駄目なら押して運ぶ流れになりそうだが。
どれくらいの威力で風を吹かせればいいのかわからないので、徐々に勢いが強くなるように術の構成を作る。
「風よ――」
「避けて!」
発動させようとした矢先に、テロスが珍しく声を荒げた。そうして咄嗟に押されてバランスを崩す。この辺りは岩で地面もごつごつしているので、転ぶと絶対痛い。そう思うと術を発動させるよりもまずは転倒を回避する事を優先させるべきだと判断し、とにかくバランスをとって何とか体勢を整える。
中途半端な所で妨害されたようなものなので、術が発動する事はなかった。
しかしユーリが直前まで立っていた場所めがけて何かが通り過ぎ、そのまま岩壁にぶち当たる。
ばごんっ、という音が二度響いた。
恐らくはストーンエッジとかそこら辺の術なのだろう、とは思った。けれど、どこから、誰が?
命中してたら確実に大怪我してたな、と心臓をバクバクさせつつ術が飛んできた方向へ視線を向ける。
「カッカッカ、避けおったか。なかなかにいい勘をしておる」
「…………え?」
一体いつから居たというのか。ユーリが視線を向けた先にいた人物は、ユーリたちの後をついてきたというわけではないだろう。そもそもユーリたちの背後に唯一の通路がある状態だ。そことは別の方向にいたのであれば、ユーリたちがここに来る前から潜んでいたとでもいうのだろうか。
けれど気配は全く感じられなかった。例えユーリが気付かずとも、メルかテロスのどちらかは気付いていたはずだ。
ならば、たった今現れた……?
いや、それも有り得ない。ユーリは浮かんだ考えを即座に打ち消した。
空間を越える魔術は、魔力消費量がとんでもない。メルですら緊急事態の時にしか使わないようなものだ。
短距離であれば魔力の消費は抑えられるが、短距離ならば跳ぶより素直に自らの足で移動した方がいい。
となるとやはり転移だろうか。けれどそれはやはりないと思ってしまう。
そこにいたボロボロのローブを纏った老人が、そこまでの魔力を持っているはずがない。
かつて自ら言っていたのだ。できないのだと。
いや、そこじゃない。ユーリはもっと根本的な部分から目を逸らしていた。
「どうして……?」
半ば無意識に出た声は、一体何に対してだったのか。
何故ここにいるのか、何故攻撃をしてきたのか。生きていたのか。あとその口調何なの。
それら全部をひっくるめた「どうして」だったのかもしれない。
「ふむ、こちらとしてもあまり悠長にしている時間がないからな。早々に片を付けるとするか」
枯れ枝のような細い腕をすっと持ちあげる。同時に周辺に転がっていた石がいくつか浮き上がった。
詠唱をしたわけではない。けれど、確かに術は発動している。
「どういう、事なの……何で貴方が――!?」
言葉は最後まで続かなかった。振り下ろされた腕。それと同時にこちらに向かって飛んでくる石の礫。魔術で防ぐには少しばかり間に合いそうにない。
「ユーリ!?」
メルの声に咄嗟に腕を伸ばす。強引ではあるが引き寄せて、メルの上に覆いかぶさる。石をぶつけられるなんて体験、前世でだってした事ないぞ! と少しばかりずれた事を思いつつも、来るであろうダメージを覚悟する。
「砕け散れ」
ぱんっ!
テロスの声と同時に飛んできた石が粉々に砕け散った。
「……できるならもうちょい早く助けてくれると私の膝が犠牲にならなかったんだけど」
「文句言える立場?」
「いいえ、助かりましたー」
メルを庇おうと覆いかぶさった時にかなり強めにぶつけた膝が痛いのはこの際仕方がない。そっと身を起こして老人を見る。
とてもよく似た他人、というわけではないはずだ。けれど同一人物だとも断言できそうにない。おかしな違和感がそこにはあった。
「一体全体どういう事です。言い分次第で流石の私も怒りますよ、お師匠」
その姿は、確かにあの日、故郷と共に消えたはずの己の師――ゴードンであった。




