真実は時として斜め上からもたらされる
「――そなた、そんな所で何をしておるのじゃ? もしや具合でも悪いのか?」
ユーリが憔悴した様子で部屋に駆け込んできて、アリスとの一件を告げてきたのはつい先程の事だった。
キャラエンドフラグが立ったかもしれない、と思うとメルもそれは不味いかもしれないな、という気はしたのだが、大丈夫だというしかない。
むしろ大丈夫だと信じるしかないといったところか。
ここ数日少々立て込んでいた事もあってユーリはあまり休息をとっていなかったので、そのままベッドで頭をよしよしして寝かしつける。
なんだかんだここにいる人間も増えてきたせいで、ちょっとしたあれやこれやがあるようではあるが、ユーリがする事に変わりはない。相変わらず周辺の町や村へ赴いて館を繋いで、そして情報収集だ。
気付けばかなり行先が増えた気がする。もっとも、繋ぐだけ繋ぎはしたが利用するかどうかはまた別の話になりそうではあるが。
とりあえずユーリを休ませて、メルは一先ず部屋を出た。
行先は特に考えていない。だが少しも行かないうちに壁にもたれかかるようにしている男の姿を目にしてしまい、つい声をかけてしまった。
「いえ、具合が悪いわけではないのです」
言うなり男は視線を周囲に巡らせた。何となくメルも同じように周囲を見る。
特に近くに誰かがいるというわけでもない。
壁から離れて、男はメルに向き直る。それから目線を合わせるように膝をついた。
「遅れましたが改めて感謝を。恐らく不本意であったとは思いますが、我らを受け入れていただきありがとうございます。……女神リュミエール」
「何を言っておるのじゃ。妾はメルじゃ。女神ではない」
動揺を表に出してはいなかったが、内心で一気に警戒度合いが上昇する。成程、先程ユーリが言っていた内心で冷や汗ばくばく状態というのはまさにこういう事か。理解はしたが正直体験したい感覚ではない。
「えぇ、はい。今はそう名乗っておりますね。ご安心ください。誰かに言うつもりもありません。
貴方がたの事情は聞き及んでおります」
「ほぅ……? 一体誰がそなたにそのような妄言を? 確かそなた、レーベンと言ったな。メソン島政府の上層部、ウォルスはそなたがある意味でトップだと言っておったが……そのような人物がわけのわからぬ妄想空想の類をあっさりと信じたと……?」
メルは自分にできる限りの冷淡さを前面に押し出していた。正直な話、こういったやりとりはとても苦手だ。動揺を悟られないようにはったりで乗り切るにしても難易度が高すぎる……!
幼女に蔑んだ眼差しを向けられているレーベンは、だがしかしほんの少し困ったように眉を下げただけだった。
「申し訳ない。警戒させてしまいました。メソン島出身者のほとんどが魔力を多く持って生まれる事はご存知ですよね? 得意分野に関してならばずば抜けた実力を持つが、反面苦手分野は絶望的。
既に数名メソン島出身者と関わっている以上、ご存知の事かと思います」
レーベンはそこで一度言葉を止めた。メルは何も言わない。ただ次にくるであろう言葉を待つ。今下手に口を開けば、うっかり言わなくてもいい事を言ってしまいそうだというのもあるのだが。
「生憎僕の能力は、ミオよりも使い勝手が悪い。ただ声が聴こえてくるのです。時として鳥の声であったり植物の声であったり、姿こそ見えませんが精霊の声であったり。
貴方がたの事情は、こちらに来てすぐ精霊たちから」
レーベンの表情からは事実を述べているのか嘘を吐いているのかメルにはさっぱりわからない。なのでそっと視界を切り替えて館の中を漂っている精霊たちへ視線を向けた。
『ごめーん、つい。てへぺろ』
『ほんの出来心だったんですぅ』
『一人くらいちゃんと事情知ってる人が居た方がいいんじゃないかなって』
『良かれと思って!』
どいつもこいつも軽いノリでぺろっと喋っちゃったらしい。一応こちらの事を考えた上でやらかしたらしいが、いきなり女神とか呼ばれた時は危うく邪神陣営の人間引き入れたかと思ってかなり焦ったというのに。せめてもうちょっと罪悪感を持ってほしいものである。
「彼らも悪気があったわけじゃないんです。ただちょっと、貴方に協力しているユーリや他の方達だけでは手が足りないと判断したのでしょう。僕に事情を話してくれた精霊は、いざとなったら泥ひっかぶってくれそうな大人がいた方が後々便利だと思って、という理由で話をしてきたわけですし」
「悪気の有無はさておきそなたその言われ方で何とも思わなかったのか……? 言われたけど手を貸すつもりはありません、とかなら妾も納得するのじゃが」
「人間と比べて裏表がないので特には。それに、メソン島のダンジョンに蔓延るラルカという問題が解決したとしても、こちらの問題を放置しておけば結局は努力が水の泡。全てを投げ打ってまでとは言いませんが、出来る範囲でなら手を貸しますよ」
確かに精霊たちには人を騙すという芸当は無理だろう。多少なりともオブラートに包むくらいはできるはずだが、レーベンに情報提供してしまった精霊たちは直球で言ったらしい。直球すぎるのではないか? と思わなくもないけれど、知られてしまった以上はどうしようもない。
精霊の声が聴こえる人物と言うのは稀である。精霊たちもそれを理解しているからこそ、自分たちの声を聴く事ができるレーベンを味方に引き込もうとしたのだろう。
「……その言葉、信じて良いのじゃな? もし嘘だったら妾が全力で呪う事になるのじゃぞ?」
「流石に女神を敵に回すつもりはありませんよ。とはいえ、僕にできる事などたかが知れていますけど」
「…………もしかして、それを言うために妾が通りかかるのを待っていたわけではないよな?」
「そうですね。そのつもりはなかったけれど、彼らの声を聴くの疲れるんですよ。ただそれだけです」
「そうか……この件についてはユーリにも知らせておく。何をどう頼ることになるかはわからぬが……まぁその、なんじゃ、よろしく頼む……?」
「はい、こちらこそ」
そう言うとレーベンは立ち上がる。メルから見ても正直何を考えているのかさっぱりわからない笑みを浮かべたまま。
「それでは僕はこれで」
立ち去るレーベンに、メルは何も言わなかった。切り替えたままの視界には、精霊たちが映っている。
『心配性だなぁ。大丈夫だって』
『そうそう、むしろ手を貸す方にメリットがあるって思ってるくらいだし』
『もし何か不都合な事あった時はうちらがどうにかするからさぁ、ね?』
『むしろオレたち頑張った』
「……心臓に悪いので、次からは行動に移る前にちゃんと報告して下さい」
思わず素の口調が出てしまったが、メルはそこで視界を切り替えた。精霊たちの姿が見えなくなる。
普段から見える状態でいると、うっかり他の見えない人がいる所でも会話をしてしまう事があるので意図的にそうしてはいるが、別にその状態であっても声が聞こえないわけではないのだ。ただ、とても小さな声なので聞き取りにくい事があるのは確かだけど。
なんとはなしにこめかみのあたりを揉む。次に眉間。特に意味はない。何となくしているような気がする頭痛が和らぐかと思ったが、効果はない。頭痛がしているような気がする、という精神的な疲労だと思うので効果がなくてもそれは仕方のない事だが。
「先程寝かしつけたばかりなんじゃがの……」
まるで幼子に対する扱いではあるが、年齢的なものを考えると無理もない。即座に引き返し自室へと戻る。
あとで、と思っていると大体話す機会を逃す事になりそうなので、言える時に言わないと面倒な事になりそうな気がしたからだ。下手に言い出すタイミングを窺っていると、大体最悪のタイミングで話さなければならなくなる――そんな事になっていた場合、まず間違いなく面倒事が増える。
ちょっとした勘違いや誤解、すれ違いで大惨事になったという事をメルはまだ経験した事はないけれど、この広い世界ではそういう事件は多々ある話だった。それを思うと自分だけは大丈夫だなどとどうして言えるだろうか。
「ユーリ、ユーリ、すまぬが起きておくれ」
部屋に駆け込んできた時の慌てっぷりが嘘のように穏やかに眠る彼女を起こすのは少々気が引けたが。
それでもメルは揺り起こすしかなかったのだ。
もっとも、起きた彼女に事情を説明したところ、
「敵キャラが仲間になると何故か弱体化する不思議」
という言葉だけを残して再び眠ってしまったのだが。
「えぇ……ちょっとユーリ? 妾の話そういうやつじゃったか!? 微妙に違う気がするんじゃが!?」
本当に理解してくれたのかとても疑問ではあるのだが。
その後は揺さぶっても叩いても起きてくれなかったので、メルも諦めて寝た。
疲れた時は休むに限る。今後の事は起きてから考えよう。
前向きのようではあるが、ただ単に開き直っただけだった。




