ゲームの記憶って案外覚えてるものだったりする
雄黄のファーブラ。蒼碧のパラミシアや藍緑エクエルドといいタイトルからしてシリーズとして繋がりがありそう、と一目でわかるものではあったが、内容はシリーズものとしても番外編とかタイトルだけの別物――それが多くのプレイヤーの認識だった。
繋がりを探すにしても精々がマジックアカデミーの存在くらいだろうか。魔術学院は他のゲームでも存在していたりほんのりほのめかされていたりするので、マジックアカデミーを魔術学院と同じだと思えばシリーズとして繋がりがあるとも言える。
実際マジックアカデミーは魔術学院と姉妹校扱いであるとここで知る事ができたし、そう考えると確かに繋がりはあったのだ。
雄黄のファーブラが出た後のタイトルも似たような系統のタイトルで出されているため、数多くのユーザーからはこのタイトルだけが迷走した結果出たもの、と思っているがゲーム自体はまぁまぁそこそこ面白かった。
内容としては閉店後のデパートに閉じ込められてしまった人たちが脱出するゲーム、で概ね間違ってはいないのだがもう少し細かく語ると語り手によって話ががらりと変わってくる。
「まずこのゲーム、周回プレイ前提なんだけど、二周目からは他キャラの視点で進める事ができるの」
ぴっと人差し指を立てて告げる。メルはそんなユーリを真面目な顔で見ながらも、ゆっくりと頷いてみせた。
「人によって見るものや感じるものが違ってくるというわけじゃな」
「そう。一周目の主人公はカリン・セルシオン。マジックアカデミーで白魔術と呼ばれる系統の魔術を学んでいた女性。デパートでは従業員やお客さんの救護を担当する部署で働いてる。金髪碧眼の白衣が似合う正統派ヒロインみたいな外見をしてる」
世界観が違うのでは? と言われるのはここだ。
この世界では白魔術も黒魔術もない。魔術は魔術だ。属性とかの違いはあれど、生活魔術に治癒魔術、攻撃魔術と分けられているがそれらを黒魔術だとか白魔術だとかは言わない。
それにそもそも魔術抵抗により他者への治癒魔術というのはあまり効果がないのだ。ユーリのように他者に対してもそれなりの効果を出せるような治癒魔術を使える者は、そう多くないとも言える。そしているなら大体は教会関係者になっている。
ゲームでお世話になるバフ系デバフ系が実際はほとんど使えない世界とか、世界が脳筋になれと囁いているかのようではないか。トルテのように自分自身を強化できる相手がある意味一番厄介だとも言う。
「カリン視点での話は確か……業務日誌を書いてそれを提出してさぁ帰ろうって思ったら、警備の人が見回りに出ている挙句従業員用の出入口が閉じていて出られない。しばらく待ってみたけど警備員が戻って来る様子がない。仕方ないから探そう、って事で閉店後の灯りがほとんど消えてるデパートの中をさまようの。
そこで自分の後輩、あ、この子はバイトで働いてるアカデミーの生徒ね。その子と出会って一緒に行動していくんだけど。途中でわけわかんない魔物に襲われるの」
「話が飛びすぎでは?」
「うん、まさかそんな危険なものがいると思ってなかったからカリンも後輩も驚いて逃げるんだ。二人とも白魔術を学んでいたから攻撃とか得意じゃないし。ここら辺は割とよくある脱出ゲームなんだよね。化物と追いかけっこありの。
で、まぁ色々あって脱出できる。後日談はフラグの立て方次第で多少の変化はあるけど全体的に見れば平和に終わる感じ。深く考えなければ」
「含みのある言い方じゃの」
「こればっかりはね。私もゲームプレイしたの随分前だし。藍緑エクエルドよりは後だけどこっち転生してからそろそろ15年だよ? それ以前とか記憶が曖昧でも仕方なくない? 大まかな部分は覚えてるけど細かい部分はかなり忘れてるからね?」
それでもかなり覚えてるものだな、とユーリは我ながら思っているのだが。この記憶力が前世、勉強とかに役立っていればと思ったが興味のある分野とない分野ではやる気も違ってくるから仕方ない。仮に勉強に役立つレベルで記憶力が働いてくれたとしても、こうして転生した時点で「あっ……(察し)」とか自分で言うしかないだろう。
「ん? どうしたのじゃ?」
「あぁ、いや、何で自分で自分の心に正拳突きをするような真似をしてしまったんだろうと。
で二周目からは視点主が変更できて、カリンの後輩のアリエル・アイヴォリーか、警備主任のシュウ・クリムゾンが選べるようになるんだけど……」
思わず胸を押さえてしまったユーリだったが、心が痛いのはきっと気のせい、と言い聞かせて続ける。
「その二人はどういった人物なのじゃ?」
「アリエルの外見は確か……あまり派手な感じじゃなかったはず。髪もそこまで長くないけど後ろの方で結んで短い尻尾みたいだし、色も茶色だったし。目は紫色だったかな。ちょっとレンみたいな猫目っぽいやつ。バイト中の制服はどんなだったか覚えてないけど、アカデミーの制服とあと何か先っぽが二つに分かれてる帽子被ってた。
おぉ、言ってみてなんだけど、結構覚えてるな私」
普段の記憶力はさっぱりだけど、ゲームに関してのこの記憶力の良さよ!
よっしゃ! と思わずガッツポーズをしてみたが、メルが続きは? とばかりに目で促してくるのでとりあえず拳を開く。
「アリエル視点だとカリン視点と話の流れは大体同じだったんだよね。ただ、カリンと合流する前にアリエルは先に魔物と遭遇して襲われかけてるとか、カリン視点では見られない部分がちょっとあったかな、くらいで。
あとカリンのメンタルが頑強すぎて一周目はそうでもなかったはずなのに、アリエル視点だとほんのりホラーっぽい要素増してる気がしてプレイしてるこっちも何か怖かった覚えがあるわ」
カリンルートではデッドエンドにそこまで遭遇しなかったが、アリエルルートはまず最初に魔物と遭遇した時に初見だと確実に死んだ。いやだってそこで出てくるとか思わないじゃん? っていうのをバッチリやられてエンディングリストでデッドエンドが最初に埋まるのはまず間違いなくこのエンドだと思っている。
ちなみにカリンと合流するまでの間に三回程下手すると死ぬ。一周目との違いは死亡率の高さだろう。
「シュウ視点だと、まだカリンたちが従業員出入口から帰ってないのにどうして施錠した上で見回りに行ったのかっていう部分から始まるんだけど、この時点で魔物の不穏な影とかそういうのがほんのり出てきててね? こっちもアカデミー時代の後輩がいるんだけど、彼と行動して魔物の痕跡を追う感じなんだよね。
最終的にカリンたちと合流する事はするんだけど、ホントそこまでの道のりが長くて。結構ニアミスしてたからか余計に長く感じたものです」
「正義のヒーローみたいな感じかの? 危ない所を間一髪、とか? 吊り橋効果も相まってうっかりロマンスの予感とかあったり?」
「おっと、何がメルの琴線に触れたかわかんないけど残念ながら。ちなみにシュウの外見は黒髪碧眼の眼鏡が似合うクール系なんだけど、どっちかっていうと悪の参謀とかそういう感じがするから正義のヒーローとはちょっと違うかと……
アカデミーでは黒魔術専攻。首席で卒業して、アカデミーが経営してるデパートに就職。その警備部の主任っていうまぁ、それなりにエリートなんだけど。シュウ視点が一番コミカルというか」
「コミカル。シリアスじゃなく?」
「シュウはカリンより年上でね。アカデミーでは一年しか会う機会はなかったらしいんだけど、その時にカリンに一目惚れ。でもアカデミーでカリンはシュウと話した事もない。デパートという同じ職場になってお疲れ様です程度の会話しかしてないのに、何故かカリンに関してやたら詳しいっていう一歩間違えなくてももうそれストーカーでは……? って感じのキャラなんだ」
「フラグがボキボキ折れる音が聞こえてきそうじゃの。主に恋愛の」
「実際くっつく事なく終わる。残念なイケメンってよく言われてた。多くのプレイヤーからは」
後日談でせめて友人フラグが立つかと思ったけど、そこら辺結局何もなかったんだよなぁ。むしろ選択肢次第では何故かカリンがシュウの後輩とくっつくみたいな番外エンドがあったくらいだ。泥沼の気配しかしない。
「そこまでプレイすると、更に選択キャラが増える。シュウの後輩、取り残された客、侵入者」
「まて、一番最後」
「突っ込みたくなる気持ちはわかる。シュウの後輩だけど、こっちは黒髪黒目のゲームキャラとして見るならとても平凡な色合いの大人しそうな青年なんだけど。名前をクロフォード・キャル・セテュリュース。シュウを先輩と慕い彼の後を追って自分も同じ職場に就職したってキャラ紹介に書いてあったけど、シュウのキャラを考えると慕う部分どこだよ……って多くのプレイヤーを混乱に叩き落した人物だよ」
「確かにユーリの話を聞いておると慕う部分があるのかわからぬの……多分恐らくそのゲームの中で語られぬ所できっと良い部分があったのだろうと思うしかあるまい」
「まぁ仕事はできるしそれなりに部下に対してもいい上司って感じではあるみたいなんだけど。どうもカリンが関わると一気にそういうのログアウトするから……」
そのせいでシュウにクロと呼ばれる彼は謎の人物のような扱いを多くのプレイヤーから受ける事になったのだ……彼視点の話も何というか、どこかずれていたような記憶がある。
そして番外エンドという本編に絡まないエンディングで彼がカリンとくっついた時、どうしてそうなったのかさっぱりわからない展開にシナリオライターがご乱心したのか、それともクロフォードというキャラは元々頭が逝かれてるのかと数多くの答えが出ない考察が生まれた。
それなりにこのゲーム一応売れたはずだが、特に後日談とか追加エピソードなんていうファンディスク的な物も出なかったので謎は謎のままなのが余計に性質が悪い。
一つ確かなのは、番外エンドでクロとくっついてもシュウとくっつかない時点でシュウはどこまでいっても不憫枠なんだな、と多くのプレイヤーが察した事くらいだろうか。
「それで、残る二人は?」
「え? そこは別にどうでもよくない? 主なメインキャラこの四人だよ?」
「そうであったとしても気になるであろうが。万一うっかりデパートでその四人のうちの誰かに遭遇したら妾その件に関して口を滑らせる自信しかないぞ!?」
椅子から立ち上がりベッドをばしばしと両手で叩いて催促するメルだったが、扉がノックされた事で一旦動きを止める。
「そろそろご飯だよ」
部屋の外からはネフリティスの声。ご飯。ご飯か。じゃあ仕方ないな。ユーリはそう思ったしメルもそう思ったかどうかはさておき。
「続きは戻って来てからじゃな」
どうやらメルの中では続きを話すのは決定事項らしい。




