やったね、仲間がもう一人追加されたよ
二日が経過した。たった二日ではあるがそれなりに変わった事がある。
一つ、メルクリウスの上層にある教会は封鎖された。当然だ。あんな大穴が開いた危険な場所にうっかり市民がやってきたらシャレにならない。
中層あたりでは色々な噂が飛び交っているようだが、真実に辿り着いたものはない。むしろいたら怖い。
下層の教会の地下、そして上層の教会付近に開いた大穴。ここからは恐らく同じダンジョンに繋がっているという結論に達したのか、下層の教会も厳重に封鎖された。政府の中でもそれなりに実力のあるものがダンジョンの捜査に乗り出すらしい。
ダンジョンの存在はあまり大っぴらに言われていない。なのでギルドへ足を運んでもダンジョンの情報らしきものは何一つなかった。
これらの情報は薬師の多くいる都市という事で興味を示していたサフィールが集めてきたものだ。
住人は特に何があったという事も知らず、いつも通りに暮らしている。変化があったのは政府くらいか。
館の中からアナトレー大陸に移動したという事実を知ったウォルスは発狂レベルで騒いでいたが、女神が関わっている事を告げるととりあえずは落ち着いた。内心どうだかまではわからないが、ウォルスもあれはあれでいい年をした大人なのだ。表面上は平静を保っている。
ミリィたちもアナトレー大陸の王都であるなら外を歩いていても問題ない。数日振りに外に出た彼らは活き活きとしていた。
アリスは流石にいつまでも喪服のままだと目立つので、急遽新しい服を用意して人里から離れていたためやや一般常識に欠けているかもしれないセシルと共に、ネフリティスから色々と教わっていた。
ネフリティスもほぼ引きこもりなんだから教える人選間違っているのでは……? と思わなくもないが、他に適した人材がいないのも事実。
テロスは未だに戻ってきていない。
ルーチェも未だ眠ったままだ。
怪我は治っているはずなのに目が覚める気配がない事に関してサフィールは、
「この人今まで相当無理してきたみたい。怪我は治ってるけど疲労とかそういうのが蓄積されてるせいで起きないんじゃないかしら。まぁそのうち起きるから心配しなくても大丈夫。
あまりにも長い事起きないようならとりあえず栄養に関しては点滴でどうにかなるし、下の世話もまぁ、どうにかするわ。これでも介護はそれなりに出来る方なの」
などと何とも心強いことを言ってくれた。
当面はメルクリウスを散策しつつ合間合間でルーチェの世話をするのがサフィールの予定、という事でいいのだろう。ネフリティスも留守番しつつセシルとアリスの世話をする流れだし、グラナダは――
気付けばミリィ達とすっかり意気投合していた。館内で騒いだりは流石にネフリティスが怒るのでしないが、王都の案内をしたり、魔物がいないので旧王都の方で騒いだりと大変充実しているようだ。
むしろテロスがいない今、女ばかりの場所に来てしまったウォルスのアウェー感が半端ない。
実際人数を数えてみても男女比はそこまでないはずなのだが。
「あの、すいません、少しいいですか……?」
すぐさまダンジョン探索を開始しなかったのは、流石にここ何日かで窮屈な生活をしていたアリスやミリィたちに少々羽を伸ばす機会を与えたから……という程のことでもないのだが、あえて理由を作るならそれが一番近いのだろう。メソン島観光くらいのノリで行った先でユーリとメルもこんな事になるとは予想すらしていなかったのだ。結局メソン島で星見の館を繋ぐ事ができたのは七都市のうち三つ。マルテ、メルクリウス、シェメッシュだけだ。
他の都市を全て繋いでおきたかったが、政府がどう動くかわからないしうっかりルリと遭遇するかもしれない事を考えると少しほとぼりが冷めるまで時間をおくべきだろうと思っている。思ってはいるが、他の大陸に行くための船に乗るためにせめて港があるクロノスには近々行くつもりだ。
その程度にしか予定を決めていなかったユーリだが、うっかりすると聞き逃しそうなほど控えめに声をかけられた。視線を向けるとそこにいたのはルッセ。瓶底眼鏡のせいで相変わらず目が見えないし、眉もへにゃりと下がっているのでデフォルトで困っていそうな表情というか雰囲気なので、彼の口からどんな内容が飛び出すのかさっぱり読めない。
「どうしたの?」
「ここが女神様の所有する建物だっていうのは聞いたんですけど、一応責任者という意味ではユーリさんなんですよね?」
「んー、メルもそれに該当するとは思うけど、代理の代理くらいの立ち位置で私かな」
本日の夕飯のメニューのリクエストくらいなら立ち話でもいいかと思っていたが、前置きからして真面目な話の流れだったのでユーリはとりあえず向かいの椅子に座るようにルッセに促した。
「お茶いる?」
「あ、いえ、大丈夫です。あの、それで、えっと」
言われるままに椅子に腰をかけ、膝の上に置いた拳を握ったり開いたりしながらルッセがどう切り出していいのかわからないまま時間が過ぎていく。
「別に怒らないから言ってごらん? よっぽど酷い内容なら私だってそりゃ眉間に皺寄せたりするかもだけど、ルッセにとっては重要な話なんだよね?」
「は、ははは、はい……ホントに言っていいんですか?」
「言うだけなら別に。結果は内容聞いてみないと何とも。聞けるお願いと聞けないお願いがあるだろうし。
でも、ルッセが言おうとしてるのは多分大丈夫な内容だと思ってるよ」
これがテロスなら一体どんな無茶振りを……!? と戦々恐々とするところなのだが、少なくともルッセの口からテロスが言いそうな言葉が出てこない事は確かだとユーリは自信をもって断言できる。藍緑エクエルドの中でルッセは基本的に良心枠とか常識人枠とか癒し系ポジションだったからこそ、ユーリは特に気負う事なく微笑みすら浮かべてルッセの言葉を待っていた。
「あの、そのですね、お世話になっておいてなんなんですけど、ここに僕の弟も連れてきちゃダメでしょうか……?」
「弟」
「はい、僕と違ってしっかりしてるし僕がいなくても一人でやっていけてると思うんです。でもやっぱり心配で」
「ブラザー」
「えぇと、やっぱりダメ……でしょうか?」
「いやいいけど。というかどこにいるの? メルクリウス? 弟がいるってミリィたちは知ってるだろうけどウォルスには言っ……てないよね。知ってたらあの人何だかんだ保護しようとしてるだろうし」
「僕もまさかこんな事になると思ってなくて、言い出す機会が、というか言っていいのか……その、多分そろそろ戻って来ると思うんですよ」
「戻って来る?」
「はい、ちょっと前に他の都市に仕事してくるって言ってて。僕と違って弟凄いんです。行く前に大体何日で戻って来るって言って行くんですけど、そろそろ戻って来る頃なので」
「なるほど、戻ってきたらルッセはいないし普段つるんでそうなミリィもレンもいないし、ミリィの保護者のセレンさんとやらも死んでいるとなれば、弟さんの脳内で一体どんな恐ろしい話が繰り広げられるかって事ですね」
ユーリもそんな状況になったら脳内で咄嗟にバッドエンドリストを浮かべて即座に五つくらいは埋めている事だろう。最良の結果より最悪の展開の方が想像しやすいというのもいかがなものかと思うが。
「それなら尚の事迎えに行ってくるといいよ。あぁ、でも今現在政府の方で流石にルッセとか見つけたら捕まえようねってなってはいないと思いたいけど万が一の事を考えてグラナダあたりと一緒に行った方がいいかも。いざとなったらグラナダが抱えて逃げてくれると思うし」
「あ、はい。助かります。僕走るの早くないし。もしもの事を考えると一人で行くのは怖いし」
「じゃあちょっとグラナダ呼んでくる」
「あ! いえ、いいです僕自分で行ってきます。流石にそこまでしてもらうわけには!」
「お、おぅ……」
ちょっとした親切心だったのだが両手をぶんぶんと振っていいですいいですと言われると、それを無視して強引に、とはいかなくなる。浮かせた腰を下ろし座りなおすとルッセはあからさまにほっと息を吐いた。この少年の中で果たしてユーリはどういう人物として見られているのだろうか。そんな疑問が沸き上がる。
何にせよもう一人ここに増えるのか、と思いながら部屋を出て行くルッセを見送って。
とりあえずユーリは冷めたお茶を飲みつつもテロスが戻ってきた時に穏便に話が終わりそうな説明内容を考える事にした。
「というわけで連れてきたです。ルッセの弟の――」
「ルキアです。よろしく」
「う、うん、よろしくね……?」
グラナダが張り切ったのか、それともタイミングが良かったのか。そう時間が経過しないうちに戻ってきたと思ったらやたらと目付きの悪い少年を連れてグラナダがやって来た。言われてみればゲームで見たような気がするなー、といった感じの少年はぺこりと頭を下げるとそれ以上は何も言わない。
「あの、すいません弟はちょっとこう、父に似てしまったせいで目付きがその、別に喧嘩を売ってるわけではなくてですね!?」
「うん、大丈夫だからね、ルッセ。そんな必死にならなくても」
確かに治安が悪い所だと視線が合っただけでバトル開始になりそうな雰囲気だけれども。無言のままこちらをじっと見てくるルキアは確かに今にも因縁吹っ掛けてきそうな雰囲気だが、自分の身内が世話になっているという点で本当に信用できるかどうかを見定めようとしているように思える。
家族団らんしている中に唐突に見知らぬ他人がやってきて、この人とも仲良くしてあげてね、なんて言われてもできるわけがないのと同じようなものだ。まずどういった人物なのかがわからないと、仲良くも何もあったものではない。
とりあえず挨拶だけして彼の部屋はルッセの隣かそれ以外でも好きな所を、と告げる。案内はグラナダがしてくれるらしいので丸投げした。
人が増えた分負担が減るかと思ったがやるべき事も増えたので、むしろ忙しくなるんだろうなと考えたところで、何だかむしょうに現実逃避したくなった。この感覚は前にどこかで……
「あ、そうか。調子にのって受けまくった依頼をキャンセルできず、ついでに上限まで受けちゃったものだから新しく依頼を受けられないせいで期間限定のクエストができなくて依頼リスト埋められなかった時の気持ちか」
言うまでもなくゲームの話だ。別タイトルではあるが。あの時は依頼を受けた後でセーブしたものだからリストを埋めるためにはニューゲームからやり直すしかなかった。
(ゲームならまだしも現状はやり直そう、でやり直せるわけもないからなぁ。気を付けないと)
もっとも、こんな風に考えた所でやらかす時はやらかすのだが。




