やったね、仲間がごっそり増えたよ
メルが察知したウォルスの気配を頼りにやってきた先は上層の教会がある場所だった。到着して早々とんでもない魔術が発動しかけていたので咄嗟に障壁を張り巡らせて事なきを得たが、一体何がどうなっているのかをウォルスに問いかける間もなくあれよあれよと流れるように事態は進み、気付けばウォルスの隠れ家へと戻る事になっていた。
教会の近くに開いた大穴は多分明るくなったら政府の人が立入禁止の立札と近づかないようにロープ張り巡らせるか柵を作るかするだろう。
隣を行くウォルスをちらりと見上げる。特に大きな怪我をしている様子はない。先程穴に落ちていったトルテやルリと戦っていたのであれば、無傷というわけにもいかなそうだが見える範囲に傷はないようだった。
「無事、だったんだな」
ぽつり、と零れ落ちていたその言葉は、ユーリにむけてといった感じではなかった。
「ルーチェは死にかけてるけど」
意図せず口から出た言葉のようだし、話は戻ってからと言われていたしでそのままスルーしてもいいだろうか、とユーリは思っていたのだがメルが肘で小突いてきたのでそれだけは伝えておくことにする。
「うわ、何か今凄く気になる事を言われたが……今ここで話しても戻ってからまた説明するとなると二度手間だからな。聞かなかった事に……いや、死にかけてるって大丈夫なのか?」
「うん、安全な所で寝かせてる。怪我そのものはどうにかなったから。ただ意識が戻ってきてない」
「そうか、生きてるならまぁ、どうにかなるだろ」
「死んじゃったらどうにもならないもんね」
流石に死者を蘇生させるような魔術はユーリでも使えない。メルはどうだろうか、と思ったが恐らくメルであっても無理だろう。本来の女神の姿であったとしても、禁忌を犯すような真似は大きく負担がかかるはずだ。誰かを蘇らせた矢先に女神が死んでしまうような事になれば、世界諸共滅ぶのだから結局は無意味だ。
「っていうか、アリスたちは? 隠れ家にそのままお留守番?」
「あー、いや、ユーリたちがダンジョンに逃げ込んだ可能性もあったから一度ダンジョンに向かってもらってる。そっちにいなかったら隠れ家に戻るように伝えてあるから、どっちにしろ戻れば合流できる」
「そっか、もっと早く来る事ができれば良かったんだけど」
「いや、ある意味一番いいタイミングだったさ。流石にあの術を食らうと無事じゃ済まなかっただろうしな」
いくらウォルスが怪我の治りが早いとはいえ、打撲や切り傷あたりならともかく皮膚どころか内部まで焼けるような怪我は流石にすぐには治らないはずだ。威力低めの魔術ならともかく、あの規模の術は食らった事がないので確証はないが、試そうとも思わなかった。
下手をすれば死ぬかもしれないので、よし試そう! などと思う事はきっとこれから先もない。
隠れ家へ戻ると大変いいタイミングで転送装置からアリスたちが戻ってくる所だった。全員が肩で息をして、喉が皮膚に張り付く感覚のせいか咳込む始末。最初から最後まで全力疾走してきました、といった感じで隠れ家に転送されてもすぐに動けそうにない感じだ。
「ルッセ……大丈夫……?」
「げほっ、ひゅー、ひゅー、はぁ、なんとかぅえっ、げほっ」
今にも消えてしまいそうなか細い声でミリィが問いかけ、それにこたえようとしたルッセは無理に声を出した結果激しく咳込んだ。顔を上げる余裕もなくレンはひたすら深呼吸を繰り返している。アリスはこどもたちに比べればまだマシに見えたが、よく見ると履いていた靴がずたぼろだった。ヒール部分がぽっきりと折れてしまっている。いつ折れたかわからないが、こんな状況ではダンジョン内での移動もさぞ大変だっただろう。踵部分をへし折ってしまえば少しはマシだったかもしれないが、できなかったのか、それをする暇もなかったのか。
食器くらいはあると思うがどこにあるかを聞いたりウォルスに出してもらうのも手間だと思ったユーリは迷わずアイテムボックスの中からカップを取り出して生活魔術で水を注ぐ。
「どうでもいいけど黒のストッキングが伝線してるのって妙にエロさを感じるよね、ウォルス」
「何故そこで俺に振った!?」
「いやアリスの足見たら自然と」
言いつつもそれぞれにカップを渡す。一気に飲み干す者、途中で咽て背中をさすってもらう者、ちびちびと舐めるように消費する者、それぞれがこちらへ視線を向けてきてはいたが、会話をする気力はまだないようだ。
サポートキャラ扱いのこどもたちが三人いて、彼らを守りつつダンジョンを駆け抜けたのであればアリスの負担が大きいのは当然だった。
「むしろ被害が靴とストッキングだけというのも凄くないか?」
「すっごく疲れた」
メルの感想にぐったりとしたままアリスが返す。
「あぁ、うん、でも無事だったんだね。良かった。あとできれば水おかわり」
カップを差し出すレンに、言われるままに水を注ぐ。
「ちなみにルーチェは死にかけたので療養してます」
「療養って……大丈夫なの? えぇと、ホントにそこ安全?」
「正直ここよりは確実に安全じゃないかな」
「おい……おい、さらっと人の隠れ家を貶さない」
ミリィの問いに大丈夫と頷いたものの、ウォルスはそのこたえがお気に召さなかったらしい。
「しかしのぅ、正直ここもいつまで安全か微妙じゃぞ?」
別れ際のルリの様子ではそのうち本格的に隠れ家探しをするだろうし。
「あー、まぁ確かにそうなんだけどな……」
一応ウォルスもそこは理解しているようだ。
水を飲み干したり伝線したストッキングを脱ぎ捨てたり、立ち上がる気力もないまま床に倒れ込んだままだったりしていた者もいたが、一先ずは情報の共有という事でユーリはルーチェたちと隠れ家を出てからの事を、ウォルスは食材の調達ついでにギルドで情報収集に出かけてからの事を話し合った。
「そっか、こどもを虐待してるわけじゃなかったんだね。というかラルカか。……あれ、その子私後ろ姿だけど見たな。宿屋にいる時に」
教会に到着した時には既に顔面が酷い事になっていたが、ウォルスの話を聞く限り、そして名前を聞く限り藍緑エクエルドに出てきた人物だ。
朝早くに目が覚めて、住人もこれからぼちぼち活動してる人がいるなーとか思いつつ窓から外を見ていた時に一人気になったのがいたが、今にして思えばあれはメイだったのだろう。
「え、じゃああの子あんな朝早くから意気揚々と獲物探してたの。こわ……」
しかも狙っていたのは若い女。あの時気になってうっかり宿の外に出ていたりしていたら、果たしてどうなっていた事か……ご所望なのはトルテだろうけれど、他の人へのお土産に、なんて理由でさっくり生け捕りにされる可能性もあったのだと考えると嫌な感じの汗が背筋を伝っていく。
まだ明るくなる前の時間だからそこまでしっかりと顔を見られる事もないからラルカであると気付かれなかったのだろう。そもそも気付いていたとしても、政府による情報規制でラルカが大変危険な存在であると知っているメソン島住民はほとんどいないわけだが。
「それで、ルーチェを安全な場所に置いてきたっていうけど、ほんっとうにそこ大丈夫なんだな?」
「おっと? さっきウォルスの隠れ家を軽やかにディスったからか食いついてきますね?」
「そりゃあな。直接狙いにきたトルテが今はいないといっても、他に狙ってる奴がいるかもしれないだろ。首突っ込んできたのはそっちだけど、こっちだって巻き込んだと思ってるからこれで安全じゃなかったなんて事になったら寝覚めが悪い」
「自業自得の自己責任だ、で突っぱねる事も可能だというのにそういうとこホント貧乏くじ引きやすいと思う。ウォルスって。そんなんだから政府から追われる結果になったのでは?」
「貶してるのか褒めてるのか微妙に判別つかない感じに言うのやめてくれないか……反応に困るだろ」
はぁ、と片手で顔を覆うとウォルスは天を仰いだ。室内なので見えるのは殺風景な天井でしかないのだが。
「ところでアリスはダンジョン探索するんだよね?」
「ん? あぁ。そのつもりだ。私の一族が関わっているかもしれないわけだし」
「ミリィ達もアリスの発見者として付き添うつもりなんだっけ?」
「付き添う、というか現状外を普通に出歩いて大丈夫かわからないからアリスの行く末を見届けて安全確認したい、が正しいかな」
言葉を選ぶようにあー、とかうーとか言っていたミリィのかわりにレンが告げる。
「うん、ダンジョン探索に関してだけど、私の仲間も一部興味を示してるから探索に参加させてほしい、っていうのは大丈夫?」
「それはまぁ、人手があるならそれはそれで助かるけど」
「ウォルスは? どうするの?」
「おいなんかさっきから話が微妙に飛んでる気がするんだが……そうだな、トルテを捜索するしないに関わらずいずれ政府の方でもダンジョン探索はするだろうからな。それなら俺もダンジョンへ行く方が有益なんだろう、と思っている」
「ダンジョン探索以外で時々こっちに協力してもいいよーってなったりする? 今の所はそんなに難しい事頼んだりってのはないと思うけど。返答次第でこっちの拠点に案内するよ」
「ルーチェがいるっていう安全な拠点、か」
「うん、そっちなら少なくともミリィ達が気晴らしにお外で駆けまわっても大丈夫だし、割と堂々と買い物もできるし、何より個室用意できるよ。あとはダンジョンにもすぐ行けるしこっちに戻ってくるのも難しくないから時々様子を見に来る事もできると思う」
「随分都合のいい拠点だな!? 本当にそんな場所あるのか?」
ウォルスの表情は限りなく疑わしいものを見るものだった。無理もない。けれどもその話が本当であるならば――お互いが顔を見合わせる。政府がウォルスをどう見ているのかよくわからないが、ある程度の事が落ち着けばウォルスの隠れ家を探すべく人を差し向けられる事にもなるだろう。そうなるとここもいつまでも安全とは言い難い。
拠点を移すにしても、ダンジョンから何かの拍子で他の都市の隠れ家に行けたがそれでも心もとない。メルクリウスで姿を見る事がなくなれば、当然他の都市へ移ったのだという予想はルリだってするだろう。どこか一つの拠点が見つかれば、他の都市の拠点も見つかる可能性が上がる。なるべく人の目に触れない場所を選んだが一つ見つかれば同じように他を見つけるのはそう難しい事でもなくなってしまうからだ。しかもどの隠れ家も内装はほぼ同じようにしてある。隠れ家を一つでも見つけられてしまえば他の内装が同じ隠れ家なんてものは、余程の馬鹿じゃなければ共通点に容易く気付いてしまう。
「わかった。ここも潮時だろうからな。できる限りそちらに関しても協力はしよう」
「信用できんとかって断られるかと思った。協力関係結んでくれるなら願ったり叶ったりだけどね。やったねメル」
「そなたの勧誘って何かこう、微妙よな」
「営業とか確実に向いてないのはわかってる。よし、それじゃ行きましょうか」
「今からか?」
「その方がいいんじゃないかな。朝になったら人目につかないって事もないだろうし。あと寝る時にそれぞれベッドの方がいいかなって。お風呂もあるよ」
「わかった行こうすぐ行こう」
今から、という部分で驚いたようなウォルスを押しのけて俄然乗り気になったのはアリスだった。生活魔術でそれなりに汚れを落とす事ができるとしても、やはりちゃんとしたお風呂やお布団の魅力は絶大だとユーリ自身思っている。永い時間を棺の中で封じられていたアリスからすれば、マトモな寝床というのは魅力的以外のなにものでもないのだろう。何せ今の今まで、棺桶から出たと思ったらウォルスの隠れ家で椅子を並べて寝たり床に直接寝たりといった状況だったのだ。ユーリがアリスの立場であっても食いつく。
ミリィたちはベッドで寝ていたがそれでも三人が身を寄せてという状況はそれなりにキツイものがあったようで、こちらもアリスに倣って立ち上がっている。
ウォルス自身も別に今すぐ行くという部分に行くにしても、拠点は近くにあるような言い方だが本当にそうなのかとか色々疑っただけで行く事そのものに反対しているわけではない。それに朝になれば確かに誰かの目に触れる可能性は高くなるのだ。ならば行動に移すのは早い方がいい。
「あぁ、わかった。案内頼む」
かくして、隠れ家から星見の館へ行く事になった。一体どういう事だとユーリがウォルスに肩を揺さぶられて問い詰められるまであと数分――




