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ぐだぐだ異世界転生  作者: 猫宮蒼
二章 闇深い土地、メソン島へようこそ!

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ユーリシア「何この虐待現場」



 ルリが連れてきた部下はトルテが貸し出した暗殺部隊の人間らしい。ルリの意識は明らかにこちらに向いていたが、トルテがまずラルカを仕留めるのが優先だと叫ぶとルリの目付きが変わる。

 そういやルリの身内が恐らくラルカに拉致された可能性があったなー、と完全に他人事としてウォルスは一連の流れを見ていた。

 完全に出遅れた、としか言いようがない。

 トルテとルリ、そして部下二人。計四名がメイを取り囲んでいた。


 囲まれたメイはきょとんとしていたが、すぐに新鮮で活きのいい食材が増えたとばかりに喜ぶ。


「わぁ♪ そっちの人はちょっといらないけど、おばさんの他に二人増えた。お土産が増えるのはラッキーだなぁ」

 黒ずくめで顔も目元くらいしか出していない完全に暗殺者か不審人物だというのに、メイはそれでも中身の判断ができたらしい。黒ずくめの二人は背が高いわけでも筋肉が凄いわけでもない。見た目は中肉中背、男性ならば平均より背が低い程度だし、女性なら平均より少し高いかもしれない程度だ。黒ずくめであっても服は身体にピッタリとくっつくようなやつでもなく、体型を多少誤魔化せる程度のゆとりがある。

 狙われた黒ずくめは僅かに動揺したのか、ほんの少し足が後ろに下がった。いらないと言われた方は何の反応もなく、ただメイに意識を向けている。彼女の些細な動きにでも即座に対応できるように。


(成程、ベテランと新人か)

 トルテの部下として組み込まれた時点でそれなりに優秀なのは確かだが、ルリに貸し出す時点で全員が優秀な者ばかりでもなかったのだろう。新人研修くらいのノリで何名かは経験の浅い者が含まれていたという事か。

 ふわりと跳んでそこから重力を操り脳天めがけて踵落としを食らわせようとしたルリの足を、メイは両腕をクロスさせて受け止める。その隙に脇腹のあたりにトルテが掌底を繰り出した。

「ぎゅっ……! ぅえっ、痛いなぁも~」

「痛くしてるんだから当然です」


 黒ずくめがすかさず追撃をかけたがそちらはあまり効果がなかったようだ。

 ルリの重力による負荷がある攻撃もそれなりに強烈なのだが、やはり一番威力があるのはトルテなのだろう。


 ほんの一瞬で完全に蚊帳の外になってしまったウォルスはそう分析する。

 かつては自分も政府の人間だったしルリやトルテは一応元同僚と呼んでもいい。けれど今現在、このメンバーに混じって戦えるかというと激しく疑問だ。共闘する事に否やはないが、向こうはそう思わないだろう。ただ、流石に誰かがヤバくなったら割って入るくらいはするか、という結論に達しとりあえずはメイの動きを注視する。隙があれば積極的に攻撃するつもりはある。


「んもぅ、死んだお肉はあんまり食べたくないんだから、おとなしくしなさーい」

 随分と勝手な言い草である。

 というかメイの発言からして、繁殖するべく食べるのは生きた肉という事になるのなら、今まで犠牲になったと思われる人は生きながらにして食われたという事か。


「ん? というかさっき教えてもらったって言ってたよな。捕まえた奴から。誰だそいつ」

 つい疑問が口から出てしまったのは仕方がない。本当に疑問だったのだから。

 トルテを活きがいいと評するのは表向きの教会関係者ではないだろう。シスターとしてのトルテは虫も殺さないような慈悲深い、おしとやかな人物だからだ。おしとやかとかうっかり本人に向けて口に出そうとするならば、ウォルスは吹き出す自信しかないが。という事は暗殺部隊としてのトルテを知っている人物になる。

 とはいえ政府役員でも下っ端ならばトルテは教会との繋ぎ役としてしか知るはずがないのだ。少なくともルリと同じランクの役員か、それより上の人間。そしてそういった相手の部下で暗殺部隊と関わりがある人物。


 それなりに数は多いが、絞れない程広範囲でもない。むしろそこら辺の人間がある日いきなり消えたなら、離反したと思われて行方を一応探られるのではないだろうか。離反と思われないにしたって、何かあったと思われる可能性は高い。


「うん? えっとねー、アンドレって呼ばれてたかなぁ。食べないでって泣いて言うから、じゃあ他に新鮮で手頃なサイズの女の人教えてって言ったらトルテって人を推薦されたよ」

 推薦されたからってその本人を探した挙句のこのこと出てくるのはどうかと思うが、メイはそこら辺疑問に思ってはいないようだ。むしろ現在政府に所属する全員がその名に動揺した。

 ウォルスに聞き覚えは無い。当時いなかったか、いたとしても接点がない人物なのだろう。黒ずくめも反応したという事は、暗殺部隊と関わりのある人間か。


「ならば彼は今貴方たちに囚われていると……?」

「え? うぅん。もういないよ? メイに食べないでって言ってたから、他の子にあげちゃった」


「うっわ……」

 えぐい。一言で言うとこれに限る。命乞いをして他の誰かを犠牲にしてまで生き残ろうとした相手に希望を持たせた挙句突き落とすとかラルカには人の心はないのかと問いたい程にえぐい。確かにメイは食べていない。いないがそれは……

「彼、確か三日前に有給とってたわね……ヴィニエーラでのんびりするとか言ってたけど……」

「というかトルテ、お前軽やかに売られてるぞ」

「それは今いいのよ。貴方たち、急いで彼がヴィニエーラにいるか確認なさい! ここは私とルリでどうにかするから」

「しかし……っ」

「行くぞ」


 躊躇したのは新人と思しき方だ。留まろうとするもベテランと思われる方に強引に連れていかれそうになるが、

「あ、ダメだよそっちはメイ目をつけてたんだから。貴方はどうでもいいよ」

 トルテにそれなりに怪我を負わされているにも関わらず、その時のメイはとても素早かった。加減も何もしない状態で、新人の腕を掴みそのまま引きずり倒そうとして、更にもう片方の腕は倒れそうになる新人の背に添えられ――

「ひぅっ……!?」

 胸から生えてきたその腕を、新人は果たして見ただろうか。突き刺さった腕には何かが握られているのが見えた。見えてしまった。ぐちゃりと音を立てて腕が引き抜かれると同時に、手にしていたそれも引き出される。

 目元しか見えない顔を覆う布のせいでよくわからなかったが、それでも何かを言おうとしたのか口元の布が僅かに動いたが――結局それは言葉にならなかった。

「う~ん、ホントだったら生きたまま持っていきたかったけど、仕方ないよね」

 白いワンピースを血に染めて、心底残念そうに言う。その手に心臓を持ったまま。


 いらないと言われたベテランは即座に走り去っていった。ウォルスにはアンドレがどういう立ち位置の人物かわからないが、それなりに重要なポストにいるのだろう。有給が終わってなお彼がいなければそれなりに仕事が滞る可能性もあるのなら、彼の行動は間違いではない。


「う~ん、仕方ないかな。おばさんの顔は覚えたしそっちの人も覚えた。じゃあ今度でいいか」

 よいしょ、と言いつつ動かなくなった新人を持ち上げる。肩に担ぎ上げるようにした結果、メイの白いワンピースの背中側にも血が広がる。

「逃がすか!!」

 ルリが即座にメイの動きを封じようとする。咄嗟に蹴り上げた場所は、偶然にもトルテが蹴って折った側の足だった。

「うわぁ!?」

 バランスを崩しメイが倒れる。その拍子に新人の身体が宙へと投げ出された。既に動く事もない新人はそのまま放り投げられ何度か転がり、そこでようやく止まる。

「あーっ、折角の心臓がつぶれちゃった」

 倒れた時に潰れたのは言わずもがなだ。勿体無い、と言いながら手の平を舐めようとするメイの顔面目掛けてトルテが殴り掛かる。

「あんたみたいな化物に、彼女の血の一滴ですら勿体無いわ!」

 ギリギリで避けられたが、メイが手についていた肉片を口にするのは阻止できた。片方がメイに攻撃を仕掛け、それが躱されたら次はもう片方が攻撃を仕掛ける。休む暇を与えないその連撃は見事と言いたいがメイに致命傷を与えるまではいっていない。

 そうこうしているうちに自由に身動きすらできなくなりつつあるメイが明らかに苛立ち始める。周囲の空気がパチパチと音を立て始めた。

 詠唱はされていない。だがあれは紛れもなく魔術だ。二人もそれに気づいたのだろう。詠唱を妨害できれば発動を阻止する事もできたかもしれないが、詠唱無しで発動させようとしているのであれば阻止するのは難しい。咄嗟に距離を取ったルリと容赦なく顔面に拳を叩き込んだトルテ。

 声にならない悲鳴を上げながら、メイが後ろへ倒れる直前にルリへ指を向けた。


 ドゥンッ!!

「堅牢たる檻よ、我らを護り給え!」


 まるで何かが地面に叩きつけられるような衝撃と同時に、ウォルスにとってはそれなりに聞き覚えのある声がした。バチバチと耳元で猛烈な雨でも降り注ぐかのような音がするが、特にこれといった衝撃も痛みも襲ってはこない。

「障壁か……!」

 そこでようやく自らを覆うように広がるそれに気が付いた。

 メイが発動させたのは恐らくサンダーストームあたりだろう、というのは眩い光が消えた後に判明した事だ。手加減無しで殴られたメイは顔面が潰れているため今どういう表情を浮かべているのかはわからない。鼻は完全に折れているし、近くに白い小さな石のようなものが転がっているがそれは恐らく歯なのだろう。


「うわ、何か咄嗟にやったけど、何これ虐待現場?」

「ユーリか、無事だったんだな。助かった。あとこれは虐待現場ではない。事情を知らなきゃ確かにそうとしか見えないが」

 どういう状況なのかわかっていないのか、ユーリがそろりそろりとメルとともにウォルスへと近づいてくる。ウォルスもまた周囲を確認するようにざっと視線を巡らせた。よくわからないなりにユーリはルリとトルテに対しても障壁を展開させたらしく、ひとまず全員生きている。

 ルリの近くの地面がトルテの踏み込み以上に酷い事になっているのは、メイがルリを狙ったからだろう。食料として連れ去る予定の相手にあんな術を当てたらそもそも消し炭になるのでは? としか思えなかったが。


「ルリ、生きているわね? それならちょっと手つだ――っ!?」


 へたり込んでいたルリに手を貸そうとしたのだろう。トルテがルリへと近づいたその時だった。

 ぼこっと音がして地面に亀裂が走る。そうして巨大な穴が開いた。いきなり足場が消えた事に対してトルテも驚いたようだが、それでもすぐ近くの地面に手をかけたため落下は免れた――かに見えた。

 ぱんっ、と何かが破裂するような音。

「ひっ!?」

 咄嗟だったからこそ、力加減を間違えた。掴んでいた地面は崩れ、そこからはなす術なく落下していく。教会の立地的に地下に落ちるという事はないはずなのだが、それでもそこに大穴はあったしトルテは落ちて姿が見えなくなっていた。

「トルテ!?」

「おい馬鹿、お前まで落ちるぞ」

 ウォルスは反射的にその穴を覗き込もうとしたルリの首根っこを掴んで後ろへと引きずり倒す。

 音を立てて穴の周辺の地面が崩れ、落ちていく。


「光よ」

 ユーリが光球を周囲に浮かべると、なおも地面に亀裂が走っているのがよく見えた。下手に衝撃を与えて穴を広げるわけにもいかず、そっと遠ざかるように後退った。

 音をたてて更に崩れていく地面と、広がっていく穴。それらが完全に落ち着いたと思われた時には、最初に開いた大きさの三倍までに穴は広がっていた。

「馬鹿な……教会の地下にこんな空洞があるわけがない」

「これダンジョンに繋がってるんじゃないかな」

 どこか呆然とその穴を見ていたルリがこぼした言葉にユーリがこたえる。試しに光球の一つを穴の中に入れてみたが入れたと同時に光が消えた。少しずつ光が見えなくなるなら下に向かっているのだと思えるが、入れると同時にでは流石に不自然すぎる。

 ダンジョンが不可思議空間だというのはルリも体験していたので否定はしない。


「あとさ、さっき虐待してたっぽい子も落ちたみたいだけど」

「マジか」

「何だと!?」

 やけに冷静なユーリの言葉にウォルスとルリがメイのいたあたりを見たのは同時だった。確かにいない、どころかそこまで穴が広がっているのでユーリが言う落ちたというのは事実なのだろう。あれだけの怪我をしたままこちらに気付かれずに逃げるというのも無理がある。


「…………」

 ルリがふわりと穴を超えるように跳んだ。そうして穴の向こう側に転がっていた新人を抱え上げる。

「私は一度政府へ戻る。今回は見逃してやるが、次は容赦しない。いいな」

「そうだな。報告もあるだろうし、そいつも早いとこ埋葬してやってくれ」

 ルリの言葉はどちらかというとウォルスに向けたというより自分に言い聞かせているようだったが、ウォルスはあえて気にせずに頷いた。


「結局何だったんじゃ?」

「まずは戻ろう。話はそれからだ」

 ルリの姿が見えなくなってから呟かれたメルの言葉に、ウォルスはそうこたえるのがやっとだった。

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