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ぐだぐだ異世界転生  作者: 猫宮蒼
二章 闇深い土地、メソン島へようこそ!

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シスターゴリラの憂鬱



 上層の教会に来る者は限られている。下層は既に建物が老朽化し立入を禁じているし、そちらの修繕や新しく教会を、というにもどのみち時間がかかる。予算だってすぐにはおりない。

 だからこそ住人や外からやってきた冒険者が訪れるのは基本的に中層にある教会だ。それぞれの区画に教会を建てた時、中層が最も人の出入りがしやすいだろうという事で一番大きな教会なのだ。だからこそ下層の教会はそのまま放置状態になっていると言える。

 上層の教会は周辺に住む者たちからして、そう頻繁に訪れる者はいない。ここもある意味下層と同じく放置されているも同然だった。


 だからこそ、政府役員でもあるトルテはここを自分に都合よく利用していたのだ。彼女は別に修道女の衣装を着ているだけのコスプレをしているわけではなく、実際に教会の関係者でもあった。トルテの父も教会に所属していたし、トルテとしてはその後を継いだようなものでもある。

 表向きは教会と政府のパイプ役のようなものだが、実際は違っていた。トルテの父は正しく教会と政府との繋ぎしかしていなかったが、彼女はどちらかというと政府よりの人間だった。

 政府で頭角を現したトルテは気付けば暗殺部隊を指揮するようになっていた。トルテ自身が得意とする戦法は自分の身体能力を上げて相手を粉砕するという、ひたすらに肉弾戦メインの戦いで暗殺とは相性が悪いようにも思えるが人間は割と見た目で左右される生物である。

 信仰心に篤いシスターが、まさかそんな拳で相手の頭をかち割るだなんて大抵の人間は思わないし、何なら暗殺をしてくるとはもっと思わない。現場に凶器を残す事もなく、汚れた拳は生活魔術による洗浄で即座に洗い流せる。飛び散った返り血に関しては着ている服の色のおかげであまり目立たない。


 ルリに部下を貸してほしいと言われた時には難色を示したが、ウォルスを見つけたと言われてしまえば無視するわけにもいかない。かつては政府の上層部にいながら、政府内の敵にまんまと足を引っ張られ政府を去る事になった男。詳しい事はトルテにはわからないが、機密といえる情報をいくつか知っている彼を素直に政府から追い出すわけにもいかず、そして他の役員からも敵対視されていたせいでこれを機に亡き者にしてしまえとすら言われていた男。これだけ聞けば不憫な相手だと同情しそうになるがウォルスは案外強かだった。そうじゃなければ若くして政府の限りなくトップに近い立場までいけるわけがない。


 彼はこれ幸いと自らを殺しにかかってきた相手を返り討ちにし、何なら更にいくつかの機密情報を閲覧した上で政府から見事逃亡を果たしてみせた。そのまま他の大陸へ逃げたのであればそれはそれで頭の痛い問題になるわけだが、ウォルスは何を思ったのかメソン島の各都市に姿を現しては消えるという行動をしていた。完全におちょくられていると思ったのは果たして誰だったか。

 ウォルスにも何らかの考えがあるのだろう、とは思う。恐らくは義兄との決着をつけようとでも思っているのかもしれない。義兄の方も表には出していないがメソン島にいるのであればどうにか始末しようと考えているだろう。でなければルリを自由にしておくわけがない。


 どちらかといえばトルテは義兄陣営に近い立ち位置にいた。近いだけで完全に彼の陣営にいるとは言い難いが。だからこそ義兄の手となり足となり動いているルリに部下を貸さないという選択肢はなかったのだ。

 トルテの言い分としては、どうしてもというなら手を貸すのは吝かではありませんができる限り関わりたくない、これに尽きる。

 そのトルテがウォルスと行動を共にしている疑惑がある人物を見つけたのであれば当然部下を使って尾行するし、それでウォルスの居場所が割れれば良しとすら思っていたのだが。


 相手がかなりの実力者であったらしく、下手に泳がせるよりも早めに処分しておくべきだと判断した。ルリに部下を貸して、結果こういった連中に再起不能にされたのであれば、こちらの手駒は減るし新たに補充するにしても使えるようになるまでそれなりに時間はかかる。ならばもう元凶を消した方が手っ取り早い。


 そう思っていたのだが、共にいた少女が何をどうしたのか、完全にトドメを刺す前に逃げられてしまった。空間転移をする魔術は魔力消費がとんでもなくメソン島住人でさえできる者はいない。仮にできたとしても精々家を一軒超えたとかその程度だと、かつての資料にはあった。

 あれが魔女であったなら話は違ってくるのだが、魔女という感じでもなかった。

 部下に周辺を探索させたがやはり姿は見当たらない。


 仮にウォルスのもとへ逃げたとして、それならば近いうちにこちらを潰すべく行動に移るか、メソン島から脱出を図るか。ウォルスの事だ、彼だけがここに残る可能性もある。他の連中に関してはどうでもいいし、メソン島から出るのであればそれはそれで構わない。どうせメソン島であった事を周囲に言いふらしたとしても、その程度の悪評など今更なのだから。

 けれどもウォルスがもし、その巻き添えを食らった人物と共に島を出るような事になれば。自治領となっているこの島を狙っている国はいくつかある。そんな所へ行かれた場合、ちょっと盛大な身内のいざこざが国家を巻き込んだ戦争になりかねない。ウォルスがそこまでするとは思っていないが、そうまでしてでも守ろうという行動に出る可能性とてゼロではない。


 だからこそ、トルテは一つの賭けに出た。賭けといっても大した事ではない。ウォルスは各都市を移動してはこちらの動きを調査し、潰せそうなら潰しにくるという控えめに言ってテロリストのような事をしているが同時に都市に出た犯罪者を捕縛しギルドに引き渡すという事もしている。テロ行為は犯罪なのだから指名手配でもしてしょっぴけるならしょっぴきたいが、いかんせんこれといった確実な証拠がない。簡単に尻尾を出すようならそもそも政府で短期間であんなに上の立場まで行くわけがないのだ。忌々しい事に。


 ならばギルドで張り込めば、と思った部下も何人かいたようだが、今までそれが成功した事がない。あいつのそういう時の嗅覚どうなってんだ、とはルリの叫びだ。

 けれども彼は定期的と言っていいかはさておき逃亡した犯罪者を捕縛してはギルドに引き渡している。ならばそのうちギルドに姿くらいは現すのだろう。

 というわけでウォルスに向けたメッセージをトルテはギルドに残してきた。あまりにもあからさますぎると警戒されるかと思ったので、あくまでもふんわりと。


『お友達の事は残念でしたね。何か聞きたい事があるのなら、教会へどうぞ』


 ウォルスの神出鬼没っぷりはよくわかっているが、今はメルクリウスにいるであろうことはほぼ確かなのでメルクリウスのギルドにだけメッセージを残しておいた。もし他の都市にいるのであればこれは完全に無駄な行為となってしまうが、タイミングが良かったのかウォルスはすぐさま乗っかってきたのだ。

 こちらにとってはあまりいいとは言えなかったが。

 何せルリに部下を数名貸して、残った部下は殺されていないとはいえほとんどを無力化されてしまった。魔術で怪我を癒してすぐさま働かせるにしても、ウォルスを相手にするのであれば、少しばかり心もとない。

 使える手駒は他にいないわけではないが、他の都市にいる相手をわざわざこちらへ呼び寄せるには時間が足りない。

 ウォルスの他に手を貸している相手がいるのであれば、正直こちらは単身挑まなければならないので少しばかり厳しいかもしれない。向こうがそれを見越した上での行動ならば即座に教会へ赴いたのも当然といえる。



 日が沈みかける頃、教会の外に数名の気配を感じた。

 あのメッセージに気付かない可能性もあったので数日は様子を見るつもりであったが、教会は何気に私物化してるも同然なので私室がある。だからこそしばらくはここで暮らす事も想定していて一応いくつかの書類仕事も持ち込んだのだが、書類はまた別の場所に持っていく事になりそうだ。


 出迎えるように外へ出ると、そこにいたのは予想通りにウォルス。その他に政府でかつて保管されていた賢者と呼ばれていた過去のメソン島を知る人物。その背に隠れるように三人のこどもが見えた。

 直接面識はないがこどもは確か盗まれてしまった賢者を見つけ、何をやっても開く事のなかった棺をあけて解き放ったこどもたちなのだろう。一応送られてきた情報だけは目を通している。


「……あいつらはどうした?」

 一定の距離をとったままウォルスが問う。平静さを装ってはいるがどうしたって警戒しているのはトルテの目から見て明らかだった。

 トルテ自身もまた同じように周辺の気配を探ってみる。伏兵がいるようには見えないし感じられない。目の前にいるのが全員だというのならば、トルテ一人でもどうにかできるだろう――と思う。

 賢者の実力がわからないが、実質戦力となるのはこの二人だけでこどもはトルテから見れば何の脅威にもなりえない。


「あら、合流はできなかったんですね」

 問われた事に対してあの三人を捕らえているように思わせても良かったのだが、そうなると捕えている場所は今トルテが出てきたばかりの教会が有力だ。ウォルスの相手をしている間に賢者にしろこどもたちにしろ、教会に入り込もうとされるのも面倒なので暗に捕らえてはいないとこたえる。

「そうですか、それなら彼女はあの死にぞこなった人を連れて……一体どこへ行ったのでしょう?」

 あえて小首を傾げて言ってみせる。

「白々しい、と言いたいがどうやら本当に逃げられたんだな。まさかあんたが出てきて逃げられるとか……逆に凄いな? 話によるとルーチェがやられたっぽいが、それでも逃げられるって」

 後半はこちらに言うというよりも本当に思いついたことがぽろりと口から出た、といった感じだった。


「走って逃げるのであれば捕まえる事もできたでしょうけど、目の前から消えたのであれば追いかけようがありませんから」

 瀕死の重傷を負った人間がいたのだ。あれを抱えて逃げるのであれば捕まえるのは容易いことだったが、恐らく空間を超えて逃げたのであればこちらも同じ芸当ができない限り追うのは至難の業だ。


 トルテの言葉に何か思い当たる節があったのだろう。ウォルスが向けていた警戒が僅かに緩む。

「どうやら最悪の展開は免れたっぽいな。俺としてはてっきりあいつらが捕まって、挙句に俺の潜伏場所もバレたと思ったからこうして全員で来たわけだが」

「なるほど、だからこどもたちも一緒だったと。そうでしょうね、貴方が匿っている場所に置いていけば、その隙に……という事はこちらも居場所を把握していればやったでしょうから」

「ということは別に部下をそこら辺駆けずり回らせてるわけでもなさそうだな。

 アリス、頼まれてくれるか?」

「あぁ、大体把握した。こいつらは?」

「連れてってくれ。そのうえで合流できないようなら一度戻ってくれて構わない」

「わかった。死ぬなよ」

「善処する」


 どうやらこちらが与えた情報からある程度のこたえが出てしまったらしい。賢者――アリスと呼ばれた女もまた何かを把握したらしく、ウォルスと言葉を交わすなりこどもたちを連れて立ち去って行く。

 できる事なら賢者も捕獲しておきたかったが、まずするべきことはウォルスの無力化だ。彼を打ち倒し捕獲すればその後の事はどうにかなるだろう。


「まぁ正直あんたの目の前に来てそのまま逃げられるとは思ってなかったからな。悪いがここで倒させてもらう」

「こちらとしても貴方に関する件はそろそろ終わらせたいんですよねぇ……そういう意味ではお互い意見が一致したわけですか」

「できればあんたとは戦いたくなかったんだけどそうも言ってられないしな。はぁ、よりにもよってあんたかぁ……ルリの方がまだあしらいやすいんだけどな。ただの脳筋だし」

 言いながらもウォルスの手には既に巨大な剣が出現している。


「ところで、相変わらずメスゴリラの称号は健在かい?」

「えぇ、そうね。貴方自身で確かめてみればいいんじゃない? たっぷり味わえばいい」

「あ、ヤベ」


 そこで失言に気付いたのだろう。手遅れだったが。まずは逃げられないように足を狙うつもりだったが、この際死んでなければ何でもいいのでは? という結論に達したためトルテは躊躇う事なく身体強化の術を発動させていた。

「最悪心臓さえ動いていればあとはどうにでもなると思うの」

 それこそ、舌を引っこ抜こうが顎が砕けようが、喋れない状況であってもどうにかできる手段を持っている者が政府にはいる。ならば死んでいなければあとはもう何だって大丈夫だろう。

「手始めに邪魔な手足はもぐことにしたわ」

「そういう物騒な宣言どうかと思う」

 言いつつも振り下ろしてきた剣を、トルテは片手で弾いた。身体強化の術がなければこちらの腕が吹っ飛んでいたところだが、強化された腕は吹っ飛ぶどころか無傷である。


 無傷の腕を見て思わず顔を引きつらせたウォルスに、その日初めてトルテは声を上げて笑っていた。

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