ナチュラルに滅多刺し
気配を殺し足音を極力立てないようにして、出来る限り誰の目にも触れないように進んでいく。ここがメルクリウスで良かった、と内心で思いつつ。他の都市であればきっとこうはいかなかっただろう。
他の都市と比べるとここは比較的おとなしめな場所であった。夜でも営業している、賑わっている店などがないわけではないが、そういうのは一所に固まっている。それ以外の場所ともなれば、日が沈んだ後は静かなものだ。
人などほとんどいない通りを進んでいるが、だからといって堂々と行くわけにもいかなかった。時折複数人の駆ける音や、何かを探しているような声が聞こえるからだ。それだけならば別に気にする必要もないと思えるが、その探しものはほぼ間違いなくミリィだとユーリは確信している。だからこそ、こうしてこそこそと移動しているのだが。
「……行ったみたいだね」
声と足音が遠ざかっていったのを確認するとルーチェが先導する。
わざわざ宿を出てこうして移動しているのは、ミリィが友人たちと合流したいと言ったからだ。まだ詳しく聞いてはいないが、ミリィと一緒にサポートキャラ枠にいた彼らだろうというのはユーリだけが把握している。主人公とその相棒はどうしているのかわからないが、そっちはどうにかなっているだろうと安心できてもミリィの友人たちに関してはそうもいかない。
彼らは年の割にできたこどもたちであるが、それだけだ。一騎当千の英雄などではない。数の暴力でああして探し回っている連中と遭遇すればまず間違いなく無事では済まない。
藍緑エクエルドの話をできる限り思い出す。
主人公視点だと何が何だかわからないうちに相棒の拠点にいるしそこから地下ダンジョンへ行く事になってるしで、とてもサクサクと進んでいたような記憶しかないが、確かサポートキャラたちの視点での話もあったはずだ。なかでもミリィは保護者として面倒を見ていてくれた青年が早々に殺されている。先程名前が出たセレンが確かそうだったはずだ。
ならば連中から逃げたとしても、自宅に戻るのはよろしくない。ミリィは既に自宅バレしているし、他の友人たちも下手に戻れば危険だという事は理解しているはず。だからこそ、彼らが遊び場として利用している隠れ家に逃げ込もうという事だけを決めてそれぞれ別に逃げた――はずだ。
藍緑エクエルドと違う点は言うまでもなくユーリたちの存在だろう。そのユーリからしても今現在こうして行動しているルーチェの存在が飛びぬけて違和感しかないが、こちら側にいてくれるというのであればそれなりに心強い。
ユーリ個人としてはミリィを連れて外に出るという時点でルーチェはてっきりこちらから手を引くものだとばかり思っていたのだが。ミリィの拙い説明ではルーチェも状況をマトモに把握していないはずだ。けれど政府の人間と何らかの厄介事があるかもしれない、という点は理解できているはずだというのに彼はこうしてついてきた。そういう意味では彼も何だかんだでお人好しだと思っている。
ミリィに関してはすぐさま飛び出していきそうだったので、今はメルと手を繋がせている。見た目が自分と同年代くらいのメルを連れてまで飛び出すつもりはないのか、今はそれなりにおとなしい。
友人たちと隠れ家として使っているとミリィが言っていた家は、下層にある寂れた小屋だった。かつては使われていただろうけれど、今は誰も住んでいないというのが外から見てもハッキリわかる小屋だ。取り壊されていないのが不思議だったが、他にも同じような小屋がありそちらはいくつかの小屋が使われているような感じだったので一つだけ取り壊しても……といった感じで残されているのだろう。
まるで鍵でもかかっているかのように立て付けの悪い扉を開けて中に入り込む。
明かりをつけると外に漏れてそれが原因で誰かに気付かれるかもしれないので、暗闇の中を進む。ユーリとしては正直眼帯を外して反対側の目で見た方がまだ見えるのだが、ここで目にある刻印について気付かれるのも面倒なので眼帯を外すのは諦めた。
小屋の中はてっきり物置のような感じで部屋と呼べそうなのは一つしかないのかと思っていたがどうやら部屋は三つほどあるらしい。左右に一つ、正面に一つドアがあるのが見える。
「まっすぐ、他の皆がきてるならいるのはそっち」
ミリィの言葉に従って真っ直ぐ進んでドアを開ける。奥の部屋は更に暗かったがそこにはランプが置かれていた。ぼんやりとした灯りがそこだけ照らしている。見るとランプのある周辺に窓はなく、離れた場所にある窓には分厚いカーテンがかけられているのか外の様子はわからない。けれど、ランプの灯りに気付かれる事もないだろう。
そんなランプの灯りを眺めつつ膝を抱えて座っている少年の姿を見て、ミリィはどこかほっとしたように彼らの名前を口にした。
「レン、ルッセ……! 無事だったんだね」
距離にしてそう遠くはないため、ミリィが彼らに駆け寄るまでにかかった時間はほぼなかった。
「どうやら無事に合流できたみたいだね。それで、お二人は何者?」
先頭にいたルーチェは部屋に入る前にそう問いかけていた。直後、ルーチェの目前、首のあたりに何かが突き出される。
それは剣だった。一般的に想像する片手剣ではなく、斬るよりは叩き潰す事を目的とされていそうな巨大な剣。刃があるから斬れない事もないだろう、とは思うが室内で使うには向いていないにも程がある。しかしそれがルーチェの首に突き付けられている。
「それはこっちが聞きたいくらいだ。何者だ? 君たち」
剣を突き出している方が問いかける。彼は扉の陰に隠れるようにしていたのですぐに気付けなかったのだろう。そしてもう一人は反対側の壁に張り付くようにして立っていた。ドアを開けて最初にランプに目が行ったため、気付くのが遅れてしまったのだろう。
ユーリだけはこの場にいる全員に見覚えがあった。いずれも藍緑エクエルドに登場する面々だ。主人公とその相棒、そして最初に仲間になるサポートキャラ。完全一致だ。
「何者って言われてもなぁ。うーん、ねぇ、僕らってどういう表現をするのが最適なのかな?」
首筋にある剣を特に気にした風もなくルーチェは背後にいたユーリへと向き直った。
「こういう時基本は怪しい者ではありません、っていうんだろうけどまぁ普通に怪しいよね。どっちかっていうとただの暇人とかお人好しとかの方が適切じゃない?」
「端的に言うなればただの余所者、じゃろうなぁ」
ルーチェの後ろにいたせいでユーリはともかくメルは完全に見えていなかったのだろう。ミリィと同年代の幼女がいる事に驚いたのか、ルーチェに突き付けられていた剣が下げられる。
「味方面した敵、ってわけでもなさそうだな。流石に子ども連れでそれはあり得ないか……」
「あれ? 案外簡単に警戒解かれたけど、本当にそれでいいの? 敵じゃないのは確かだけど、味方であるとも限らないよ?」
あまりにもあっさりと退かれて思わずといったところだろうか。言わなくてもいいのでは? というような言葉がルーチェからポンポンと出る。
「……敵ならまず俺とのんきに会話なんてしないし、もっというならそっち狙ってるだろ」
そっち、と言いつつ顎で指し示したのは反対側にいた女だった。息を潜めてそこにいる女はただ暗がりにいるからというだけではなく、着ている物が喪服なので余計に闇に溶け込むようだ。
「とりあえず、そっち行ってもいいかな? 状況がわからなすぎる。助けになるかはわからないけど、一応首を突っ込む覚悟はしてきたよ」
その言葉に男はまずミリィ達へと視線を向けた。その視線に反応してか、ミリィの肩が跳ねる。
「う、うん。ミリィもよくわからないけど、聞いていいかな? おにいさんは誰?」
「えっ、お前も不審者枠かよ」
「そういえばそうだった……!」
ミリィのとても素朴な疑問にルーチェの口調が思わずといった感じで崩れる。そしてそれに今更気付いたのであろう男から絞り出された声は、そこはかとなく絶望感に満ちていた。
「はーい、それじゃ僭越ながら私が話まとめますねー。部外者がなんでって言われるだろうけど、多分この中でそこはかとなく状況把握できてる気がするの私だと思うんでー。主観的な意見より客観的な意見の方が今重要かなって思ったからさくっとまーとめーるよー」
正直自分のキャラクターが定まってない気しかしないな、と思いつつもユーリは手を上げて宣言した。
一同の何とも言えない視線が一斉に向けられたが、そこに敵意とか警戒といったものは込められていない。機嫌の悪いテロスの相手をするよりはマシだな、とのんきに考えてユーリは一同を見回した。
「まず私はユーリ、こっちがメル。私たちはこの島に観光に来ました。えぇ、闇の深い土地メソン島へあえての観光です。そこで知り合ったこちらルーチェ。私たちの護衛をしてくれると言っていますが、馬車の代金やら宿代やらナチュラルに貢いでくるので何か企んでるのでは? とメルと一緒に戦々恐々してるけど、多分悪い人じゃないです」
何を言うにしてもまず自己紹介かなと思ったので、サクッと済ませておく。言い方に問題しかなかったためか、ルーチェに対して一気に不信な眼差しが向けられるのを感じる。
「ミリィとはついさっき知り合って、何かやべー事に巻き込まれてそうだからとりあえず首を突っ込む事にしたよ。断片的にしか聞いてないけど多分家族かそれに近い相手が亡くなったみたいだし。その状況の子を放っておくのもなーって事で。
それでその隣の……瓶底眼鏡かけてる方がルッセで猫目の方がレン、で合ってるかな?」
「ひぇっ、はい、僕がルッセです」
「さっき確かにミリィが名前呼んだけど、どっちがどっちってよくわかったね?」
「なんとなくです。合っててよかった」
実際ゲームで知ってはいるが、流石にそれは言うわけにもいかないだろう。
黒髪の方がルッセでオレンジ色の髪がレン、と言えば良かったのかもしれないが、髪の色よりも特徴的な部分があるのでそちらを口にしておいて正解だったかなと内心で思う。明るい空の下でならまだしも、ランプの灯りでかろうじて照らされているこの室内だとレンの髪の色は元の色なのか灯りに照らされてそう見えるのか微妙だったからだ。
この島の住人のほとんどが身につけているタグを、ルッセは首からぶら下げているし、レンは左耳に飾りのようにつけている。
「それでえーと、そっちの……私と眼帯かぶってるお兄さんは?」
「……ウォルス。ウォルス・クライムだ」
「はい、何か幸薄そうだし血の繋がりが半分だけある兄弟からどちゃくそ嫌われてそうだししなくていい苦労してそうっていう典型的な貧乏くじ引くタイプに見えるんですけど、お兄さんこの子たちとお知り合いですか? 知り合って長い方ですか? 具体的に言うと何時間くらいですか?」
「まて、何かいきなり俺の心の柔らかい部分に色んなものが突き刺さるからやめろぉ!」
「え、何図星? ちょっと大丈夫? ユーリ、この人の事知ってるの?」
名前を名乗っただけなのにこの仕打ちとは……? と言いたげにルーチェの視線がこちらを向いた。
「いえ、知りませんよ。初対面です。でも、眼帯の上からだろうと髪の毛で片目隠すタイプの人って私の知る限り幸薄い人ばっかりだったので」
「何でそこだけやたら自信満々なのさ……当てはまってたっぽいからなの? そうなの?」
胸を押さえて蹲るウォルスにルーチェが向ける視線は、とても憐憫に満ちていた。
だがしかしユーリはその件に関しては言葉を引っ込める気はさらさらなかった。
蒼碧のパラミシアに藍緑エクエルドだけではない。それ以外の二次元のキャラも片目隠してるキャラは大体幸薄いのが多数だったからだ。時に親友の身代わりとなり、時に淡い初恋を諦め、時に完全なるかませ犬となり主役キャラの踏み台にされる。ユーリの知る片目隠してるキャラは大体そんなのばっかりだった。不憫枠、とでもいうべきか。
ちなみにユーリとしてはそういったキャラは嫌いではない。どちらかというと好きな方だ。慈愛の眼差しで眺めていたいと思う程度には。
そうした所でふと気づく。初対面の少女にいきなり心へし折られた青年を見る周囲の眼差しが、とても優しくなっている事に。青年自身、こんな風に優しく見守られる展開は望んでいなかっただろうけれど。




