昨夜はお楽しみでしたね?
「ねぇメル。これは一体どういう事なのかな?」
「妾に聞かれても困る。むしろ妾が聞きたい」
大きめのベッドとはいえ、この部屋にベッドは一つしかない。そこにユーリとメルとが寝ているのが現状だった。流れるような展開で部屋に連れ込まれてお茶をご馳走になったと思ったら、その後夕飯までご馳走になり、気付けばこの部屋で寝る事になっていた。何がなんだかわからない。
本来この部屋をとっていたであろうルーチェは新しく他の部屋をとっている。
流されるままだったとはいえ、流石にそれはと思ったユーリが宿代を払おうとしたが断られたし受け取ってもらえなかった。余計にわけがわからない。
本当ならば今頃は星見の館を繋いで自室となった部屋で寝ているはずなのだが。
こっそり抜け出そうとも思ったがこの宿何気にランクが高いらしく、何だかんだで人の目がある。こそこそと脱出しようとすれば誰かの目に留まり、騒ぎになる可能性を考えると大人しく朝になるまで待った方がいいだろう。
これがここに連れ込んだのが敵側の存在でした、とかならもっと必死になって脱出する方向で考えるのだが。
「っていうか、あの勇者様なんでここにいるの? や、ゲームしてた時は基本魔王城でしか会わなかったから他の場所にいる事が想像できないってのもあるけど」
「妾に言われてもなぁ……世界に異変を感じて独自で捜査した結果、魔王が怪しいって事で魔王城へ、というのがそなたも知っておる知識なわけじゃが、妾も同様じゃからの? あやつの軌跡とか知らぬからの?」
「魔王は実は魔王城以外でも遭遇できるけど、勇者と遭遇した事ないから余計に今の状況わけわからなすぎて困るよね。え、大丈夫? これ寝てる間に何か巻き込まれてたりするパターンじゃない?」
「そんなゲームじゃないんじゃから、と言いたいがこの世界の今後に関しては別の世界でゲームになってしまっておるからのぅ……」
流石にないだろ、と思った展開ですら絶対起こらないと言い切れないのでベッドに入ってはいるが眠るに眠れない。
「ちょっとメルさんや、蒼碧のパラミシアだと勇者エンドってどんなん?」
「いきなりじゃな。どんな、と言われてもな……何か普通に旅立つエンドじゃぞ?」
「どう足掻いてもバッドエンドとかデッドエンドとかメリバではない?」
「まぁ、そう、じゃな?」
メルの答えに若干の不安はあるが、普通、というくらいだ。きっと俺たちの戦いはこれからだ! 完!! といった少年漫画の打ち切りエンドとかに近い感じなのだろう、と思いたい。
好かれ過ぎたが故にヤンデレ化とかしないという情報がわかっただけでも安心する。ならば宿に連れ込まれたのはこれから日が沈むのにこんな所にいるなんて危険、というのと体調不良とか放置できない、とかいう人助け精神が突き抜けた結果だろう、と思う事ができる。それにしたって至れり尽くせりな気はするが。
「今頃は自室で寝てるはずだったんだけどね……夕飯もそうだけど」
「食料に関しては無駄にストックができたからの。肉が多すぎるが」
「でも中庭の方で植物栽培できるじゃないですか。そこで野菜と果物育てれば多少マシになるんじゃ?」
「でも肉多すぎじゃろ」
「それな」
何となく声を潜めつつ会話する。部屋の壁は別に薄くないし、聞かれても誤魔化せる範囲だと思っているので本当に何となくだ。
「あまり遅いとテロスがブチ切れたりしないかな」
「数日は大丈夫じゃろ。妾たちがあの馬車に乗らずに普通の馬車に乗っていればここに来るまで数日かかるわけじゃし」
留守番するつもりはないとのたまっていたテロスだが、メソン島に行く事にした際あまり乗り気ではないように見えた。メソン島までの道のりは特に危険があるわけでもないし馬車で行くならほぼ安全だろうと言い、メソン島にある館とここが繋がったら参加すると告げるとテロスはそれまで王都周辺を散策してると言い切った。一緒に来るとなるとその分交通費がかかるので結果としてユーリとメルの二人旅状態になったわけだ。
グラナダやサフィールもメソン島に興味を示してはいたが、同じ理由で留守番組だ。
取り留めのない話をしつつ、気付けばいつの間にやら寝付いてしまっていて。
夜が明けて、お互い自然と目を覚ます。
「自己紹介が遅れたね。僕はルーチェ。ところでよく眠れた?」
朝になって早々ドアをノックされ、朝食できたって、と言われて食堂に連れてこられてからの第一声がこれだった。名前は既に知ってはいたが、それにしたって今更すぎる。
「ユーリです」
「メルじゃ」
「何でこんな事態になってるのかわからないので快眠とまではいきませんでした」
ユーリの言葉にルーチェはきょとんとした表情を浮かべる。何でそこで解せぬ、みたいな顔をするのだろうか。ユーリからしたらこっちの方が解せぬと言いたいくらいだ。
「考えてもみて。ぶつかったのはまだお互いの不注意。でもその後私たちの体調がよろしくないからってわざわざ自分がとってる宿屋に連れ込んだ所までは百歩譲って親切だと思う事もできるけど、その後は!? 夕飯まで出された挙句、もとはルーチェがとった部屋にお泊りとかおかしいでしょ!? ルーチェは更に部屋追加でとってるし。部屋と食事の代金受け取ってくれてないし。親切そうに接してきた挙句実はこれから出される食事に睡眠薬の一つでも盛られてこれから人身売買されます、って言われた方がまだ展開的に納得できる怪しさだって事に気付いて?」
そう言ってはいるが、人身売買はないだろうなと思っている。仮にも相手は勇者だからだ。
「そなたが誰にでもそうしているというのであればまだしも、そうではないのであろう? 何故妾達にここまでするのじゃ?」
「えっ、人の親切を素直に受け取る事ができないくらい心が荒んでいる……!?」
「親切の度が過ぎているから不審に思われているという現実に目を向けてくださいおにいさん」
「あれっ? 僕自分の性別言ってないのによくわかったね。大抵の人は騙されるんだけど」
騙してる自覚あるのか、と言いそうになったがそこは口を噤む。確かにゲームでも初見では女勇者だと思っていたけれども。原作知識が皆無であれば騙されていた側なんだろうなとも思っているけれども。
「見た目だけならそりゃ騙されそうになるけど。でも昨日抱えたでしょ。その時の筋肉の感触で女性じゃないってのは把握しました」
ユーリの言葉にそうなんだ、とあっさり納得するルーチェだったが、肝心の答えを聞いていない。
「結局、なんでそこまでしたんですか? 人に親切にするっていうのは美徳ではあるけれど、それにしたって限度があります。ここまでされるなら理由の一つでもないとこっちは無駄に裏があるんじゃないかって思うわけです」
前世の世界であるならば人に親切にするというのは当たり前のように親とかそれに近い人物に幼い頃から言われる事だ。けれどこの世界は少し違う。無条件に誰彼構わず親切にしていれば、あっという間に食い物にされかねないからだ。自分ができる範囲での親切ならば問題はないが、流石にユーリたちが受けた事に関しては度が過ぎていると言える。
「説明が難しいんだけど、そうだな。何かそうしないといけないって思ったから……?」
「説明にすらなってない……!」
「こればっかりはねぇ、僕の感覚的なものだから。とりあえず、冷める前に食べよう?」
運ばれてきた朝食を勧めてくるルーチェからマトモな返答を望んでも返ってこないというのは薄々ではあるが理解できてしまった。
焼き立てのパンにバターを少しだけ乗せる。それを食べながらふとメルの方を見た。
(もしかしなくてもメルが原因かな?)
勇者は女神から加護を受けている。これはユーリに授けられた力とは少し違うため彼の目には刻印は存在していない。というか女神と接触しなくても加護は得られるものらしいので、ルーチェはきっと女神の姿を見た事はないだろうとも思っている。
シエロヴェーラを舞台としたゲームは他にもあったし別作品にも勇者は存在していたが、その加護に関してはいまいちよくわかっていない。血筋か、生まれついての運命として与えられているのか。メルに聞いたとしても恐らくメルも上手く把握していないのではないか、とすら思っている。
女神の補佐をしてくれる精霊たちとは別の意味で世界を良い方向へ導いてくれそうな者に対して与えられる、とか別作品の設定資料集で書かれていた気がするがその基準がわからない。
調整神とやらが女神の手助けをした際の副産物である可能性だって考えられる。
理屈がわからない事をいつまでも考えても仕方がない。ただ、ルーチェがやけに親切なのは女神の加護によるものではないだろうか、とユーリは思い至ったのだ。女神本人、とはわかっていないだろうけれど、ここにいるのは確かに女神本人で。勇者は無意識に女神を護ろうとしたのではないか。
結果としてそれが突き抜けた親切になったのでは、と思うのだが大きく外れているという気はしない。
考えながらも黙々と食事をしていたため、気付けば出された分は綺麗に食べ終えていた。
メルもそろそろ食べ終わるらしく、最後に残してあったスープを飲んでいるところだ。
「ところでさ、ユーリ、だっけ? 君たちここの住人じゃあないよね?」
既に食事を終えていたルーチェがこちらが食べ終えるのを見計らって声をかけてくる。
「そうですね。えぇ、ここの住人ならさっさと家に帰ってますね」
「冒険者には見えないけど旅人かな? どこか目的地でも?」
この勇者、ぐいぐい来よる――脳内でそんな事を吐き捨てながらも一瞬だけメルに視線を向ける。食べ終わったら彼女も会話に巻き込まれると思ったのだろう。スープを飲む速度が明らかに落ちた。
「……特には。メソン島観光みたいなものです」
そう。本来の目的は各都市にある星見の館なのだが、それを濁すのならば観光というのが一番近いと思う。相手は勇者だし、ゲームでも仲間になるキャラではある。だからこそ星見の館について言ってもいいのでは? とほんの一瞬とはいえ思ってしまったのだが、言ったら何だかめんどくさそうな展開になりそうだ、と思ってしまったのも事実。
そもそも勇者を仲間にするフラグはまだ何一つとして立てていないはずだ。あまり余計な事は言わない方がいいだろう。
「そっか。それじゃあさ、護衛とか雇う気ないかな? 格安で」
頬杖をつきつつこちらを見ているルーチェの表情は先程からあまり変わらない。ただひたすらに微笑ましいものを見る目だ。見た目美少女が慈愛に満ちた笑みでこちらを見ている。
「雇う予定は特にないです」
「そう言わずに。今なら宿代や食事代なんかもこっちが負担するよ。ついでに道中の魔物も全部任せて。僕こう見えてもそこそこ強い方だからさ」
「格安で雇う、って話だったのでは? 何か貢がれる方向性にシフトしてる気がする。逆に怪しすぎて遠慮したい」
「えぇっ!? そう言わずに。僕今そこそこ暇してるんだよね」
「えっ? 何か用事があったのでは?」
ユーリが前世でゲームをやっていた時はまだルーチェを仲間にできていなかった。けれど設定資料集などで多少なりとも彼の事は知っている。確か資料集には彼が世界の異変を感じ取って各地を巡る旅に出た明確な時期は書かれていなかったが、それでも原作開始より一年前には既に旅をしていたような事はぼんやりと描かれていた。一年前、というのであれば今現在既に彼は各地を巡りあちこちで何らかの調査をしているはずである。
既にある程度情報を得て、異変とやらの確信を得ているわけでもないだろう。そうなったのなら、彼は既に魔王城へ向かっているはずだ。
だからこそルーチェの口から暇している、という言葉が出るのはおかしい。
「そう見える? じゃあきっとそうなんだろうね。それならその用を果たすとしよう。君たちの護衛という役目を」
「あの、頼むから会話のキャッチボールを成立させよ? 何でそう強引に流れ作って持ってった? 何が貴方をそうさせるの?」
絶対無理だろう隙間にぐいぐい入り込もうとする強引さすら感じる。会話が成り立ってる感じがしなさすぎて、よくわからんが恐怖心を感じる。ちびちびとスープを口にしていたメルの喉がひゅっ、と音を立てて――スープが器官に入り込んだのだろう。次の瞬間には盛大に咽ていた。




